― 427 ―― 427 ―㊴ 敦煌莫高窟初唐窟に描かれた千仏図の研究研 究 者:国立民族学博物館 人類基礎理論研究部 助教 末 森 薫1.研究背景・目的中国甘粛省敦煌市の近郊にある莫高窟は、1000年以上に亘って造営が続けられた仏教史跡であり、500近くの洞窟に色鮮やかな塑像・壁画が残されている。近代において莫高窟を世に知らしめたのは1900年に第16窟の耳洞(蔵経洞)から発見された大量の文書(敦煌文書)であり、それらを用いた学術研究が「敦煌学」として進められてきた。文書は当時の出来事や思想を伝える重要な情報源であるが、塑像・壁画の造形作品もまた様々な情報を含む貴重な資料であり、文字に記されていない当時の様相を現在に伝える。各造形作品は、それぞれ単体でも示唆に富むが、石窟という空間では各造形物を1つの集合として捉えた際に初めてその内容が正確に理解できる場合がある。莫高窟の多くの石窟において、壁面の最も広い面積を占めるのが、趺坐仏が連続する千仏図である。千仏図は一見単調な描写であるが、その描写方法や設計には、窟の構想やその他の図像を解釈する上で重要な情報が包含されている。莫高窟の北朝(北涼、北魏、西魏、北周)、隋に造営された窟では、壁面を装飾する役割のみならず、窟における礼拝を導く役割、天上世界と地上世界を繋ぐ役割、過去や未来の時制をあらわす役割などを担うことが明らかとなっている(注1)。本論で対象とする初唐は、莫高窟の芸術が華やぐ時代として知られ、千仏図には三角形が連なるような幾何学的描写が登場した〔図1〕。その一方で、配色の組み合わせ数が減少する傾向も認められる。千仏図に見られる変化は初唐窟を理解する上で重要な情報を包含することが想定されるが、初唐窟を対象とした既往研究の中で千仏図に着目したものはなく、十分には考察されていない。本論では、初唐窟に描かれた千仏図の描写方法や設計を体系的に把握し、初唐窟における千仏図の視覚的特徴および役割を検証する。そして、その他の図像との関係性などを手掛かりに、初唐窟の特徴の一端を明らかにする。2.莫高窟の千仏図莫高窟では、北朝、隋、そして本論で対象とする初唐にかけて、8体あるいは4体の趺坐仏を一組として、規則的に配色を施す千仏図が盛んに描かれた。千仏図の配色を詳細に観察し分析した結果、千仏図は同じ配色の趺坐仏が斜めに連続する「斜行方
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