鹿島美術研究 年報第37号別冊(2020)
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― 444 ―― 444 ―拝しており、そして彼自身もキリスト教以前の性格と気質を持っていたといわれる(注20)。サヴァが狼を大切にしていた話は有名であり、それは狼がスラヴの土着信仰では神に準ずる地位があったからである。一説では冥界の神が狼の姿で現れる、またはセルビアの民衆の幻想において祖霊あるいは最近死んだ人の霊が宿る動物として狼が挙げられる(注21)。そのため、セルビアの宗教行事に「狼行進」という慣習が今も存在する。ベレ・ポクラデ(注22)、クリスマスや結婚式などさまざまな機会に狼に変装し、狼の遠吠えの真似をして仮装行列を行う。ベレ・ポクラデは、子から親へ、親から祖父へ断食を始める許しを得て、祝宴を行い、その後狼の姿(今日は様々な仮装)に扮して街中を歩き廻り、翌日から40日間の断食を始めるという慣習である。それらはまさに祖先の行列であるとチャイカノヴィッチは断定する(注23)。また、クリスマスにヘルツェゴヴィナのポスーシュ地方では、狼の姿に扮し、家々を廻って、次のように歌う。家の主人よ栄誉ある家の聖ニコラの御加護ある家の主人よ、わが家よ邸の前に狼がお出でだ狼に施す者は神に喜ばれるベーコンと豚肉とオリーブ油をおくれ女将さんは卵を二つ取ってきな若い雌牛が食われないように狼に施しをする者は娘もくれる・・・すると、狼の名においてさまざまな贈り物が与えられる(注24)。これは、キリスト教の祝日クリスマスに聖ニコラが贈り物を届ける慣習を、土着信仰の狼が代わりに行うことで聖ニコラを崇拝しているように錯覚させている。栗原成郎は「この異様な狼たちの行進は受肉した祖霊の帰還の象徴である。狼への饗応は死者への饗応と同じ意味をもつ。ヘロドトスの『歴史』に記されているスキュ

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