鹿島美術研究 年報第37号別冊(2020)
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― 455 ―― 455 ―「和光」〔図9〕「偲べ戦線」〔図10〕「誉れの家」〔図12〕「真心」〔図13〕国旗を掲揚する男女の姿が描かれる。下図と比較すると、女性の服装と背景色が異なっており、完成作はよりモダンで華やかな印象を与える。当時の雑誌には本図の副題に「南進」と付されたものがあり、いわゆる南進論が浮上してきた当時の時代背景を思わせる。祈りを捧げる女性を中心に前線の様子が描かれる。人物の心中を具体的に視覚イメージ化する手法は「銃後の夢」「夢に通ふ」と近いが、「偲べ戦線」では軍馬に跨る兵士や軍用機、負傷兵を背負う兵士など、戦地の様々な情景が配されている。そのうち、負傷兵を背負う兵士の姿は、もととなったスケッチ〔図11〕が雑誌に掲載されており、秋聲が実際に前線で見た光景を配置していることが分かる(注7)。家の前で薪を背負った女性が両手を合わせ、祈りを捧げる様子が描かれる。家の壁には「誉の家」との札が貼られ、この家から戦死者が出たことが示される。障子の一部は「敏何足以知」と書かれた反故紙で補修されており、父母への孝行を説く『孝経』開宗明義章第一の一節にある「曾子避席曰、參不敏。何足以知之。」と思われる。「誉れの家」は奉納に先駆けて、昭和16年に開催された第二回聖戦美術展に出品された。多数の銃後イメージを検討した吉良智子氏は、秋聲「誉れの家」を例に挙げながら、男性よりも多く描かれた祈る女性の姿は、兵士の戦う理由を下支えする無力な女性の姿として好んで描かれたイメージであることを指摘している(注8)。国防館壁画でも祈る女性が繰り返し描かれたことは注目に値する。傷痍軍人と看護する女性の姿が描かれる。「真心」とは、国のために戦う軍人に対する、銃後の心の在り方を指すのであろう。吉良氏は、傷痍軍人の図像は看護婦が「軍人の添え物」として描写されていることが多いと指摘しているが、「真心」もまた堂々たる軍人に対して、看護する女性は足元に小さく描かれている。下図〔図14〕では、女性の顔写真が貼り付けられており、秋聲の制作過程を示す手がかりとなっている。

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