鹿島美術研究 年報第37号別冊(2020)
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― 35 ―― 35 ―らなかったが、執筆者はミレイのファンシー・ピクチャーは挿絵入り週刊新聞のクリスマス号の付録である複製版画の原画となったものも少なくないことに着目し(注8)、本作についても調査したところ原画の制作年と同じ1889年に『イラストレイテッド・スポーティング&ドラマティック・ニュース』のクリスマス号(Holly Leaves)の付録となっていたことがわかった〔図3〕。こうした複製版画の原画は、初めからクリスマス号の付録とすることを目的とした新聞社からの注文制作であることも多く、この場合そのむねが新聞に記されていることもあるのだが、《あひるの子》については注文制作か否かという明確な記述はなかった。同紙は、この絵以前にもミレイの作品の複製版画が過去2回クリスマス号の付録となって好評を博したことから(注9)、三たびミレイの作品を付録とすることを決めたと報告するにとどまっている(注10)。なお、《あひるの子》が初めてトマス・マクリーンズ・ギャラリーで公開された際、概ね好意的な評価を得ている。特に『ILN』は「ミレイはことによると、とりわけ近年、これほどに質素で飾り気のない作品を描いたことはなかった。しかし結果として、もっと着飾っている子どもたちよりもはるかに魅力的である」(注11)と高く評している。また、ヴィクトリア女王とその娘のドイツ皇后ヴィクトリアが本作を絶賛したことは話題を呼んだらしく、多くの新聞で報道されている(注12)。次に《あひるの子》の少女のモデルは誰か、という点について考えたい。手がかりとなるのは『レスター・クロニクル』の記事である。同紙はモデルの少女について「これはミレイの最新作の1つで《シャボン玉》の女児版のようなものだ。なぜなら《あひるの子》は、あの金髪の少年のきょうだいであろう少女を描いた作品だからだ」(注13)と述べている。《シャボン玉》〔図4〕の少年のモデルはミレイの孫ウィリアムであることがわかっている(注14)。彼にはフィリスという妹がおり、彼女は《ベロニカの小さなかわいい青い花》〔図5〕のモデルになっている(注15)。この作品と《あひるの子》の少女を比較すると、顔の角度が異なるため確証は持てないが、カールした短い髪や丸顔の輪郭などが類似する。さらに《初めての説教》〔図2〕の少女はフィリスの母親、すなわちミレイの娘エフィーであるが、丸顔や少し突き出た下唇、丸い大きな瞳、少し上向きの鼻などが共通し親子関係を示唆しているようにみえる。以上のことから『レスター・クロニクル』の指摘はそれほど的外れなものではなく、《あひるの子》のモデルはミレイの孫娘フィリスである可能性も否定できないと考える。

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