鹿島美術研究 年報第37号別冊(2020)
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― 464 ―― 464 ―2、穂庵によるアイヌ絵の展開穂庵が公的な展覧会へアイヌの人々を描いた作品を出品した記録は明治17年(1884)第2回内国絵画共進会で、「琵琶行図」とともに「北海道土人之図」を出品している(注12)。穂庵は展覧会への出品画制作において、1つの画題に複数枚取り組み、また出品後にも同画題の作品を求める声に応じて一定数を制作する傾向がある。現時点で確認できる穂庵によるアイヌ風俗を描いた作品群もすべてが同質ではない。その展開をまずはアイヌの人々の顔貌表現が異なる3点から見ていく。以下の作品タイトルについては典拠文献における表記に倣うものとする。2-1 初期アイヌ風俗図の比較「蝦夷風俗之図」(個人蔵)〔図3〕は、背後に背負われた子供を含めた7人のアイヌ風俗の男女が描かれている。背景には海辺を思わせる波紋が描かれ、彼らが歩く道の脇の岩場に草が生えている。描かれている男女のうち主な人々は鮭漁の帰りと理解できるが、画面中央の白髪の老いた男性は主に川魚に使用する突き鈎(マレプ)を肩にのせアザラシらしきものを背負い、さらにその後ろで野馬を乗りこなす若い男性も描かれている。白髪の男性の足下には北海道犬と思われる白い犬、画面左、両手で鮭を持つ子どもの傍らにもう1頭描かれている。儀式や季節を特定した情景を描いたというよりは、アイヌの風俗を1画面にあつめた印象である。本作と近似する作品が「アイヌ図」(『平福穂庵画集』大日本絵画、1983年、作品番号23)である。描かれている人物の所作および背景の場面設定も共通している。しかしながら、細かい部分を比較すると違いが確認できる。特に画面左側の母子の姿に顕著に表れている。両手で鮭を持つ子供およびその奥で赤子を背負う女性の顔貌、そしてこの女性の足下にはさきほどとは異なる白地に黒班がある犬が寄り添っている。近似した構図をもつ2点に対して、「アイヌ鮭漁図」(秋田市立千秋美術館蔵)〔図4〕は、タイトルにもある鮭漁に関する所作をする人物のみ抽出され、縦長の画面に配置されている。画面一番下で白い犬へ視線をやりながら鮭を抱く子供は上記2点と共通する。その他の人物で所作まで同一の人物は描かれていないが、細やかな体毛の表現や彫りの深い顔貌表現、アイヌの伝統的な装束の切伏文様や装飾品の細やかな描写は共通し、これは現存する雪渓画の特徴でもある(注13)。以上3点のうち、先に触れた近似する構図の2点は、中央の白髪で老年の人物がアザラシのようなものを背負い、馬に乗る人物も動物の皮を敷いている様子を見ると、本来この2人の人物は冬の暮らしが描かれた別作品から抜き取り、鮭漁を画題とする作品の登場人物たちとともに1つの画面に整理したので

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