鹿島美術研究 年報第37号別冊(2020)
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― 36 ―― 36 ―2.童話や童謡を主題としたファンシー・ピクチャー《あひるの子》はこれまで先行研究で、貧しげで孤独そうな少女がアンデルセンの『みにくいあひるの子』を想起させ、彼女が童話のあひるの子のように将来変貌を遂げることを示唆すると指摘されてきた。この童話には、子どもが出てくる描写が二か所あり(注16)、そのうち物語の最終盤、あひるが白鳥に成長したとき白鳥たちに餌をやりにくる子どもたちが登場する。「その時、庭の中へ、小さな子供が二三人はいってきました。そして、パンや麦粒を水の中へ投げました。そのうちに一番小さい子が、大声で言いました。「あそこに新しい白鳥がいるよ!」すると、ほかの子供たちもいっしょにうれしそうな声をあげました。「ああ、ほんとうね、新しい白鳥が来たわ!」みんなは手をたたいて踊りまわりました。それから、お父さんやお母さんのところへ駆けて行きました。そしてまた、パンやお菓子が水の中へ投げこまれました。人々は「新しい白鳥が一番きれいだ!若くて、美しいこと!」と言いました」(注17)このように白鳥に餌をやる子どもたちは登場するが、ミレイの絵のように子どもが水辺であひるに餌をやる場面は童話にはないため、《あひるの子》は物語の一場面を描いたものではないといえる。では、果たしてこの絵を見た当時の人々は『みにくいあひるの子』の童話を想起できたのだろうか。執筆者は、これまで先行研究で指摘されてきた《あひるの子》とアンデルセンの童話との関係性に同意するが、この絵には物語に関係のない少女が描かれており、挿絵のような役割を持つわけではないことに着目した。ここからは、一体なぜ《あひるの子》はこの童話を連想させるのか、そして少女の存在はどのような意味を持つのかについて具体的に再考する。ミレイのファンシー・ピクチャーのなかで、童話の内容を直接的に示すのではなく描かれているモチーフによって想起させるという表現は、《あひるの子》に10年以上先だって描かれた《長靴をはいた猫》〔図6〕にすでにみられる。この作品は、画面右手前の猫が少女の抱いている人形の毛糸の靴を履いていることから、シャルル・ペローの同名の童話(Puss in Boots, 1697)を想起させる。『ILN』のクリスマス号の付録となる複製版画の原画として新聞社から直接制作を依頼されたもので、原画の制作年の翌年の1878年に付録となった〔図7〕。同紙の当時の経営者ウィリアム・イングラムによれば、当時人気を博していた『長靴をはいた猫』の童話を主題とすることをイングラム自身がミレイに提案したという(注18)。当初、イングラムは少女自身がか

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