― 487 ―― 487 ―うになり、強い安定感が伴うことになる。これは、2行目4字目「人」なども同様である。また、5行目5字目「前」のように、文字上部の幅を広くとることで安定感を出すものもある。このように、雪山の書では、個々の文字に合わせて強い安定感を伴う形が選択されていると指摘できる。これは、文徴明の書における造形感覚と共通するものである。雪山の「叟」と「前」を例に、比較してみよう〔図3〕。「更」と「冬」という異なった文字においても、雪山と文徴明の書には、左方向への旋回部分に同様の造形感覚が確認できる。また、安定感の原因は、字形のみに留まらない。2行目3・4字目「聖人」を見てみよう〔図4〕。連綿線によって繋がれているが、そこに肥痩はほとんどなく、極めて硬い線質となっている。「聖」の最終画から「人」の1画目へと、筆の弾力を生かして弾むように描き繋がれた部分には、わずかな肥痩があるものの、全体を通底しているのは、筆圧を一定に保った硬い線質である。これも、文徴明の「更」と「冬」に見られる線質と近い。だが、線質については、文徴明と異なる部分も見受けられる。3行目5・6字目「之原」を見よう〔図5〕。「之」の最終画から引かれた線は、「原」の1画目へと繋がっている。「原」1画目の起筆となるべき部分で筆圧は加えられず、右方向へと滑らかに筆が動いている。このように、起筆に明確な筆の打ち込みがないという点において、雪山の書は和様の書と近い。ここで、典型的な和様の例として、本阿弥光悦《赤壁賦》(東京国立博物館)〔図6〕を見てみよう。「来水」〔図7〕を見てみると、柔らかな曲線が用いられている。「水」の起筆にも明確な筆の打ち込みがない。このような点が、雪山の書と共通している。ただし、このような線質は、張瑞図の書〔図8〕からの影響という可能性もあろう。だが、日常の筆記で御家流に代表される和様が広く行われていた江戸時代という時代状況に鑑みれば、雪山の書に見られた軽く柔らかな線質は和様を淵源とする可能性が高いと考えられる。また、4行目3字目「楽」を見ると、横画に揺らぎが見られる〔図9〕。これは、文徴明よりも、黄庭堅の書〔図10〕に近い線質である。とはいえ、文徴明が黄庭堅風に書いている書も存在することを踏まえると、この横画の揺らぎは、文徴明を経由して学んだ黄庭堅の書風が表れたものと言えるかもしれない。いずれにせよ、雪山の書は、一見したところ文徴明的な安定感が支配しているように見えるが、線質を詳細に見れば、中国書法史において革新派と目される黄庭堅や、本阿弥光悦のような和様的要素が混在していると言える。すなわち、雪山の唐様書は、和様的要素が混在すると
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