― 496 ―― 496 ―の近くには、群鶴も描き添えられている。第四扇から第六扇にかけて描かれた富士山は、内海の向こうに配され、周囲の山から突出して大きく表されている。やや歪な山容で、「富士三保松原図屏風」(静岡県立美術館蔵)にみるような左右均等に丸みを持つ三峰型に比べて角張った印象を受ける。山体は胡粉で白く表され、裾野は銀砂子で加飾されている。富士山の周囲の山々や第一扇から第三扇にかけての遠景の山々の描写は、実景を基にしたものではなく、名所絵の概念的な景観と思われる。第六扇下部には、清見関が描かれ、その上の岩崖に建つ堂宇が清見寺と考えられる〔図1-イ〕。この部分は、鋭角な岩の形態や平行に重ねられた皴、また岩から生える根の立ち上がった樹木など、狩野派の水墨による山水表現に通じる(注2)。第一扇下部にも同様の岩山があり、流れ落ちる滝も配されている〔図1-ハ〕。えぐられたような岩などに祥啓風が見受けられ(注3)、16世紀半ばから後半の画風と考えられる。岩山の周辺や中景の建物付近の樹木は、三保松原をはじめとする浜辺に描かれた松樹と明らかに異なる表現による。また人物図像の表現にも幅があり、お伽草子系の素朴な丸みのある描写のものもあれば、杏仁形に近い目、通った鼻筋に小鼻を描く狩野派系の面貌を持つものもある〔図1-ニ〕。付け加えて、紅葉が描かれていることから秋の景を表すものとわかる。b.人物風俗基本的な画面構成は、雪舟由来の富士三保清見寺図の定型的な名所絵の構成を踏襲しているが、注目されるのは描きこまれた多種多様な人物風俗である。第一扇から第四扇には、興津あたりを描くものか茶店が並んでいる。第一扇の藁葺の建物では茶を点てる主人の尼と休憩する旅人がおり、第二扇の建物付近では男性客が女性に誘われて入っていく様子、そして碁盤が置かれた室内では掃き掃除をする者や洗濯をする者がいる。また、建物の影では女性が僧に言い寄られている。第三扇の建物では、二人連れの旅人が強引に客引きされ、室内では舞を舞い酒を楽しむ遊楽の様子が描かれている。第四扇の藁葺屋根の茶屋では、男性主人が竈の火を起こし、内部には双六を楽しむ人々もいる。次に、東海道と思われる道を往来する人々をみていく。旅杖をつく旅人、荷を運ぶ商人、樵、荷を負う馬や牛を追う人、履物の紐を結ぶ男、騎乗する武士とそれに従う槍持などの一行、尼僧や俗人の女性たちが従う輿の一行〔図1-ロ〕、猿曳などが描かれている。宗教者としては、僧や尼僧のほか、高野聖、廻国聖の六十六部が描かれている。また浜辺では製塩作業に勤しむ人々、海では舟を浮かべ網を曳く漁労の様子
元のページ ../index.html#508