鹿島美術研究 年報第37号別冊(2020)
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― 507 ―― 507 ―2.調査目的本研究では、現地調査で得られた基本情報をまとめ、それらをもとに様々な視点から地獄寺への理解を試みることを主目的としている。そのためにまず地獄寺の存在を「タイの地獄表現史」のなかに位置づけ、タイの地獄思想史・地獄表現史をたどるなかでその制作背景や機能を考察した。そして、現在までに107か寺の地獄表現(壁画を含む)を有する寺院の基礎調査を行ない、とりわけ立体像を有する寺院について、いつ・なぜ・誰が地獄空間をつくったのか、という点を中心に聞き取り調査を行なってきた。筆者がこれまで寺院に対して行なった基礎調査では、立体像を設置した理由として「教義を視覚的にあらわす」「罪・罰を教える」などの回答が全体の9割以上を占めていた。しかしながら、これまで行なってきた調査はあくまで基礎情報の収集に過ぎず、実際は個々の寺院ごとに事情が異なることも事実である。したがって、次なる課題として、寺院への長期滞在を通して詳細な聞き取り調査を行なうことが必要であった。すなわち、地獄寺の立体像がどのような発案や段取りをもってつくられたのか、またそれ対し周囲の反応はどのようなものであったかなどを調査する。また同時に、参拝者に対するアンケート調査も行ない、タイ民衆のなかで地獄寺がどのように認識・受容され、また機能を果たしているかなどを明らかにする。3.調査方法「2.調査目的」をふまえ、タイ・スパンブリー県ソーンピーノーン郡に位置するワット・パイローンウアを本調査の対象寺院とした。ワット・パイローンウアはコーム師(Luang Pho Khom/1902~1990)によって1926年に創建された寺院である。その後、1971年より開発活動の一環として地獄空間の制作がはじまり、2019年調査時まで継続して制作されている。その歴史と規模からは、現在タイで最も有名な地獄寺であると位置づけられる。本調査は2019年8月14日(水)~18日(日)の間、住職であるアヌクーン・パンヤーコーン師(Phrakhru Anukul Panyakon)へのインタビュー調査と参拝者へのアンケート調査を主として行なった。インタビュー項目概要およびアンケート項目は以下の通りである。なお、両調査はタイ語で実施したが、以降においては特記の必要がない限り日本語訳のみの掲載とする。

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