― 512 ―― 512 ―なお、表現という観点では、地獄・天国・善悪功罪などが「本当にある」(7%)、「見えるようになった」(3%)という回答もあり、割合はさほど大きくないが看過できない結果である。また、「恐ろしい」に次いで多かった回答は、「良い」というもので18%を占めた。さらに「罪を犯さないようにする/させる」「(主に子供への)教育になった」が11%と同率、「注意を促す」が8%であった。5.考察本調査は、「地獄寺の立体像がどのような発案や段取りをもってつくられたのか」「それ対し周囲の反応はどのようなものであったか」「タイ民衆のなかで地獄寺がどのように認識・受容され、また機能を果たしているか」などを明らかにするという目的で行なった。立体像の制作については、住職へのインタビュー調査により寺院側の見解が得られた。すなわち、立体像は参拝者によりわかりやすく地獄の思想、ひいては善悪功罪の思想を伝えるメディアである、と理解できよう。またその着想源には『プラ・マーライ』経典や『三界経』などの具体的な文献も挙げられた。寺院が制作した立体像に対し、寺院側が認識している民衆の反応には先述のとおり3点が挙げられた。これらのなかで特に注目すべき反応は、「2.中程度の仏教徒は、ほめたり、非難したりする。また批判もする。」である。今後の課題として、立体像の制作に対してどのような批判があったかを明らかにすることで、寺院側と民衆側にどのような意識の差があるのか、民衆は寺院に何を期待しているのか、また地獄表現における民衆の許容範囲などが浮き彫りにできるのではないかと推測する。加えて、批判をする仏教徒が「中程度」と表現されている点についても、仏教表現のなかで限りなく俗的な位置にある地獄表現を考察するにあたり、示唆に富む。寺院側が認識している民衆の反応が得られた一方で、参拝者に実施したアンケート調査でもいくつかの成果があげられた。なかでも設問3では、地獄空間を訪れた理由として、参拝者の3割が「教育のため」と回答した。これまで本研究では、2016年度よりタイ全土で体系的に行なっている調査によって、立体像の制作理由について7つに大別されると結論付けていた。すなわち、①訓戒・教育の場とする、②罪障・功徳を理解させる、結果を知らせる、③悪行をやめさせる、④善行を促す、⑤悪行を恥じ、恐れさせる、⑥仏教の教義を視覚的にあらわす、⑦その他、である。回答に細かい表現の差異はあるものの、最も多い制作理由は「①訓戒・教育の場とする」であり、調査寺院の約半数を占める結果となった(注10)。この結果に対し、民衆側は立体像の
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