鹿島美術研究 年報第37号別冊(2020)
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― 541 ―― 541 ―である。タンプロン画廊は、ニューヨークの大画商レオ・キャステリとの繋がりによって、アメリカのミニマル・アートやポップ・アートを展示し、現代美術画廊として確固たる地位を築きつつあった(注5)。1980年代には、ダニエル・ビュレンのほかにも、ミシェル・バスキアなど流行の絵画を頻繁に展示していた。また、案内状のなかで、デュラン・ドゥセール画廊(Liliane & Michel Durand-Dessert, 1975-)は、1970年代以降に開廊した画廊の中でコンセプチュアル・アートなどの前衛的な動向を積極的に取り入れた重要な画廊であった。ポンピドゥー・センターに近いオードリエット通りに拠点をおいたこの画廊は、1968年にミシェル・ドゥセールがドイツの国際現代美術展であるドクメンタを訪れ、同時代のドイツ美術に魅了されて、英文学の教員をしていた妻と始めた画廊である。1982年には、ボイスのフランスでの初個展を行い、ウルリヒ・リュックリームといったドイツのアーティストを紹介した。その後もイギリス、イタリア、アメリカなどあらゆる地域の主要な現代美術を紹介した稀有な画廊であった。同時に、クリスチャン・ボルタンスキーの個展をいち早く行うなど、フランスの新しいアーティストを支援した(注6)。また、「案内状」の中に多数含まれているのが、クルーゼル・ユスノ(Galerie Crousel-Hussenot)、クルーゼル・ロブリン・バマ(Galerie Crousel-Robelin Bama)、ギレーヌ・ユスノ(Galerie Ghislaine-Hussenot)の3画廊である。所在地が重なることから、同じ系列であると考えられる(注7)。ジェフ・ウォール(87年)をはじめ、フィッシュリ&ヴァイス(90年)、シンディ・シャーマン(89年)など、当時最新の動向を取り入れていた画廊はパリでは珍しかったと思われる。3 ロンドン:80年代以降の現代美術画廊1980年代初頭のロンドンは、他のヨーロッパの都市に比べて現代美術を扱う画廊が少なく、国内外のコレクターが定着しないという状況にあった。すでにギルバート&ジョージやリチャード・ロング、ブルース・マクレーンなど、セントマーティン美術学校の出身者を中心としたコンセプチュアル・アートの動きは盛んであったが、彼らの主要な発表の場は、ホワイト・チャペル・ギャラリーといった美術館やイギリス以外の国の画廊であった。現代美術のマーケットが発達していなかったことは画商や美術関係者にとって大きな課題であった。しかし、80年代から、現代美術を扱う画廊が登場していく。ここでは4つの画廊を取り上げたい。ワディントン・ギャラリー(Waddington Gallery, 1958-)は、元々アイルランドの著名なアートディーラーであったヴィクター・ワディントンが1958年にイギリスに

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