― 594 ―― 594 ―か、聖像なのか、Opusculumはユダヤ人の改宗のために書かれたというよりも、磔刑像の正当性をキリスト教会内に広く示すために書かれたものとも考えられる(注10)。このように新しいキリスト教イメージとしての磔刑像が登場して以来、偶像との誤解を避けるべく、磔刑像の正当性を示す様々な努力がなされたことが窺える。これらと同様に『ビーブル・モラリゼ』における血を流す磔刑像は、血を流すことのよって磔刑像が偶像ではなく、真のキリストの体(Corpus Christi)であることを示すものと考えられる。2.Harley 1527の喪失フォリオの類推 ─受難物語の磔刑部分─Harley 1526, Harley 1527は劣化により、顔料の薄れた絵がしばしば見られ、フォリオの余白には水害によって生じたと思われる染みもしばしば見られる(注11)。しかも、Harley 1527はキリストの受難物語の磔刑のフォリオを全て喪失している。トレド写本とOPL写本をモデルに制作されたAdd. 18719の並行するフォリオから、失われたHarley 1527のフォリオを類推することは可能であろう。Add. 18719はOPL写本をモデルにしているが、OPL写本の図像がフルカラーの豪華版なのに対して、Add. 18719の図像は簡易的な線で描いた下絵のようなもので、大まかな構図は踏襲するものの、細部は省略されている。他方、テクストに関してはOPL写本がしばしばラテン語の省略形を多用するのに対して、Add. 18719は省略形をあまり用いずにテクストをすべて書き出す傾向がある。Harley 1527とAdd. 18719のテクストはほぼ全て同じだが、地域と年代の差からか、単語の綴りが多少異なる(注12)。OPL写本はトレド写本をモデルとしており、同じ工房で制作された旧約部分のToledo IとBodley 270b、Toledo IIとLatin 11560の図像とテクストはほぼ類似したものになっている。他方、新約部分は多少複雑で、Toledo IIIの冒頭の部分はハーレー写本(Harley 1526, 1527)と違うウィーン写本(Vienna 2554, 1179)を制作した工房が担当したので(注13)、Toledo IIIの冒頭はHarley 1527と図像もテクストも異なるが、Toledo IIIの中盤以降は同じ工房で制作されたものなので、図像に関しては類似したものが制作されている。テクストに関しては、Toledo IIIは聖書を逐語的に長々と書き写す傾向に対して、Harley 1527はそれらのテクストのかなりの部分を省略して簡潔なものにする傾向がある。また、時にはHarley 1527は自工房で制作したToledo IIIと同じ図像にそれとは全く異なるテクストをつける場合がある。つまり、工房に蓄えられた図像を時として別の場面に応用することがある(注14)。その場合、うまく図像とテクストが調和する例もあるが、あまりかみ合わない場合もある。
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