注⑴ 欧文の研究書では通常フランス語の原語(Bible moralisée)が用いられる。英語には(moralized bible)という訳語もある。邦文には『教訓聖書』、『道徳聖書』の訳語もあるが、『ビーブル・モラリゼ』という音訳が用いられることが多い。写本はシェルフマーク、フォリオ(fol., 葉)、写本を開いたときに左側に来るヴェルソ(v. verso)、右側のレクト(r. recto)で表される。最初期の四つの『ビーブル・モラリゼ』写本ではフォリオの片面にしかテクストや絵が描かれないため、ヴェルソにテクストと図像が描かれ、レクトが白紙になること、またその逆もあるので、便宜上描かれる面を表、描かれない面を裏と解する。Add. 18719以降ではフォリオの両面に図像が描かれる。また、『ビーブル・モラリゼ』での図像の位置は聖書図像を大文字(A~D)、解釈図像を小文字(a~d)で表す。物語はアルファベット順に進行する。古フランス語のVienna 2554ではテクストは図像の左右に置かれたが、ラテン語のVienna 1179以降、テクストは図像の左側に置かれるレイアウトになった。『ビーブル・モラリゼ』に関しては以下の文献を参― 597 ―― 597 ―結はキリストが彼らに祝福を与えている〔図16〕。最後に取り上げるのはHarley 1527のマグダラのマリアが復活のキリストに再会する場面(noli me tangere)の聖書図像に対応する解釈図像である。テクストに関してはHarley 1527がToledo IIIの聖書テクスト、解釈テクストの両方の後半部分を省略して、全体をより簡潔にしている(注16)。聖書図像の構図はほぼ同じものであるが〔図17上、18上〕、Toledo IIIの解釈図像〔図17下〕ではキリストが修道士と高位聖職者(光輪があるので聖人)の中央に立ち、高位聖職者に祝福を与えている。他方、Harley 1527の解釈図像〔図18下〕では中央に磔刑像が置かれ、それを介して人々がキリストを礼拝する一方、天上では天使に礼拝されるキリストが地上の人々を祝福している。地上の場面の右端には偶像が置かれ、磔刑像と対比されている(注17)。この磔刑像は血を流してはいないが、天上のキリストから祝福されることで、その正当性が証しされる。今回、特に注目したのは血を流すキリスト磔刑像であった。新しいキリスト教イメージである磔刑像は偶像と混同される危険性があったが、血を流す表現を取ることと、天上のキリストがそのイメージを祝福する表現などからも、キリストの体(Corpus Christi)である奇跡のイメージであることを保証している。地上の人々は磔刑像を介して、天上のキリストを礼拝するのである。また、Harley 1527は磔刑像の元となるキリストの受難の磔刑の場面の全てのフォリオを欠くが、並行記事を有するトレド写本、アディショナル写本から、その再構築が類推される。
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