― 638 ―― 638 ―だったのは、「我々は自分たちが修復している作品の本当の価値を理解していない。どの聖堂が優先されるべきか、それはなぜかといった疑問を解消してくれるのは美術史家だけである」という言葉です。フィレンツェの修復家と東文研はフレスコ画法の伝播を探るためイタリアに隣接する旧ビザンティン領、つまりバルカン半島に拠点を移すことを検討しています。しかしながら、彼らにはビザンティン美術史を研究しているメンバーは一人もおりません。そこで、今後とも彼らのチームに参加するよう要請を受けました。このようにして今後も各領域の専門家とネットワークを広げていければと思います。講演した内容は「カッパドキアの岩窟聖堂の重要性と3Dデジタル・ドキュメンテーションの可能性」であり、2019年9月にスペイン、アヴィラで開催される写真測量法学会CIPAで発表に採択された内容を修復家向けに簡略化したものです。またイスラム諸国をフィールドとする文化財研究者からよく聞く話ですが、ムスリムは古代中世の遺物を自身の祖先から直接継承したものではないと考えがちで、今でも盗掘や破壊が行われています。こうした状況を少しでも改善できればと思い、トルコ人修復家とカッパドキアの岩窟聖堂が世界史的な視点からなぜ重要なのかを解説しました。また、いわゆる発展途上国においては、膨大な資金を必要とする実際の修復は極めて難しく、さらにカッパドキアには貴重な壁画を持つ岩窟聖堂が350以上もあり、これを全て修復するのは不可能と言えます。そこで報告者が研究しているデジタル修復・復元の方法を説明しました。実際に補彩などの修復をしても、それは非破壊とは言えず、文化財の延命は30年程度が限界とも言われています。昨今では生態環境学に着想を得た修復家が「文化財の置かれた環境そのものの保全」を提唱しています。実際の修復にかかる対費用効果をデジタル修復・復元にかかるコストと比較して、デジタル・ドキュメンテーションを今後の保存修復作業の一環として行うように提唱しました。2.ネヴシェヒル・ガイド協会(NERO)主催の政府公認ガイド向けの講演金沢大学に就職する以前にも有志の政府公認ガイドに請われて幾度か講演やエクスカーションを行ってきましたが、職を得た後は単独で調査に赴くことが少なくなったため、講演する機会を逸してきました。そもそもガイド向けの講演は、カッパドキアの文化遺産の価値や意味を世界に発信したいと考えてきた若いガイドたちの熱意によって実現したもので、この度の海外派遣において久しぶりにこれを実現することができました。本助成を申請した当初は6月16日(日)に2本講演する予定でした。しかし、2016
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