鹿島美術研究 年報第37号別冊(2020)
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― 639 ―― 639 ―年のクーデター未遂以降、低迷していたカッパドキアの観光事情は当初の見込みに反して完全に復調し、6月がハイシーズンにあたりガイドが多忙を極めていたこと、また日曜日が最も忙しいことに鑑みて、講演の日程を変更して内容を縮約してほしいとの打診を受けて6月19日の夕刻に予定を変更したことをまずご報告しておきたいと思います。今回行った講演は「カッパドキアにおける聖堂装飾プログラムの展開」と題するものです。聖堂装飾プログラムとはビザンティン美術史においても歴史の浅い研究分野です。個々の図像はそれぞれ固有の教義的意味を持ちますが、これらが聖堂という三次元空間に並置・対置・隣接される際、どのような秩序が見出されうるか、またどのように新たな意味が生成されるか、その原理を問う研究手法です。これはO. Demus, Byzantine Mosaic Decoration: Aspects of Monumental Art in Byzantium, London, 1948により創始されましたが、欧米ではこの研究方法は主流にはならず、近年早稲田大学の益田朋幸教授による『ビザンティン聖堂装飾プログラム論』(中央公論美術出版、2014年)において完成させました。報告者も益田教授の指導の下で、カッパドキアのみならず各地の聖堂に関して論考を発表してきました。ビザンティン美術はイコノクラスム(8~9世紀)を経てローマ美術の影響を脱し、独自の様式とイコノグラフィーを完成させたと言われますが、ビザンティン様式の形成期にあたるイコノクラスム直後(9~10世紀)の作例は、経年劣化や人為的破壊によりほとんど残っておりません。この時期の作例を擁するのはカッパドキアをおいて他になく、それゆえにカッパドキアはビザンティン美術を研究する上で欠かせないフィールドとなっています。この度の講演では報告者がこれまでに発表してきた論文や大学の授業で講じている未発表のものも含め、カッパドキアの聖堂装飾プログラムを時系列的に通覧することにより、「象徴的・多義的プログラム → 時系列的配列 → 図像間のヒエラルキーの萌芽 → 完成」という発展段階を理論化できました。ガイド向けの講演は当初30人程度の聴衆を想定しておりましたが、最終的には70人以上を数え、講演は盛況のうちに終わりました。ガイドたちから多数の質疑もあり、また「新しい」鑑賞の視点を得ることができたとの感想をもらい、この研究手法が有効であるとの確信を得ることができました。3.ネヴシェヒル博物館、ネヴシェヒル・ハジ・ベクタシュ・ヴェリ大学との打合せ今回の海外派遣では上記の研修や講演の合間を縫って今後の研究やプロジェクトに

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