― 640 ―― 640 ―関する打合せも行いました。まず旧知であるネヴシェヒル博物館館長のムラト・E・ギュリュヤズ氏と今後のプロジェクトについて話し合いました。報告者が計画しているプロジェクトとは、世界遺産のギョレメ国立公園内に残存する壁画の傷や欠損部をヴァーチャル・リアリティーの形で修復・復元し〔図1、2〕、それをタブレットやスマートフォンといったデバイスを通じてオンサイトで公開するというものです。上述したCIPAでの口頭発表はこのプロジェクトに関する内容になっています。2019年3月に来日したギュリュヤズ氏に依頼されていたプロジェクトのチーム編成と年次計画を提案し、協議の結果、概ねのところ合意に達しました。カッパドキアにおいてコピー・アンド・ペーストによるデジタル復元が可能であるのは、ギョレメには同一画家(工房)による聖堂群が様式的な比較を通じて複数確認されているからです。これまで報告者は様式的な研究はそれほど行ってきませんでしたが、後述する別のプロジェクトと今回の派遣を通じて、既往研究が指摘してこなかった複数の聖堂が同一画家(工房)の手によるとの確信を得ることができました。この成果は近いうちに口頭発表、あるいは論文という形を通じて発信していきたいと考えております。また報告者は本年度より筑波大学の谷口陽子准教授が率いる修復チームに美術史研究者として参加しております。こちらのプロジェクトも同じくギョレメ国立公園内のアギオス・シメオン・スティリティス聖堂で実施されるものです。同プロジェクトには、かねてから親交のある同学の国立ネヴシェヒル・ハジ・ベクタシュ・ヴェリ大学のトルガ・B・ウヤル准教授も協力しており、今回の派遣の件を話したところ、今後シメオン聖堂に関して美術史研究者としてどのような共同研究の可能性があるのかを協議しようと提案されました。このセミナーにはビザンティン建築史の碩学として世界的に知られているペンシルヴァニア大学のロバート・ウスタハウト教授も参加しており、ウスタハウト教授の助言を仰ぎながら、今後の共同研究の方向性を模索しました。そこで先に述べたギョレメにおける画家の活動の特定、さらに建築史的な視点も導入して工匠集団と画家との共同体制の解明を試みるということで合意しました。この研究が実れば、カッパドキア研究に大きな飛躍が見込めるだけでなく、ジョージアをはじめ、南イタリア、ブルガリア、マケドニアといった国々に残る岩窟聖堂の研究にも波及的な影響をもたらすと考えられます。以上のように、この度の派遣では美術を介して国際的な交流が図れただけでなく、報告者自身の研究にも大いなる進展もあり、有意義なものとなりました。
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