鹿島美術研究 年報第37号別冊(2020)
655/688

― 642 ―― 642 ―の日仏会館にて開催される。報告者は、かかる事業の運営を異なる専門分野、文化、世代の研究者たちと進めながら中世学の多様なあり方を学ぶとともに、さまざまな「境界」が孕む問題の多さを痛感している。また、美術史学的見地から西欧の印章研究に取り組んでいるアンブル・ヴィラン氏(フランス国立ナント大学)の西欧と極東の印章比較論の執筆に協力する中で、日本学を専門としない海外の研究者にとって日本の、特に学術成果が十分に積まれていない分野を学ぶことが如何に困難であるか、そしてこのような事態が「国際日本学」の発展に寄与し得る多くの芽を摘んでいることを確認せざるを得なかった。以上を踏まえた上で、今回助成して頂いた国際交流事業では、報告者が数年来従事している研究課題「ブルターニュ時祷書における祈念表象」を個人的な成果にとどめず、中世学の国際的・学際的な発展につなげることを目的とした。1、15世紀から16世紀初頭のブルターニュ時祷書における祈念表象史資料の電子化、データベース化が著しく進められている昨今、「部分」の子細な調査研究を積み重ねながら「全体」を構築していく研究は軽視される傾向にある。無論、日本人研究者の一つの特質ともみなされてきた「細部へのこだわり」が、必ずしも全体と相対関係を取り結ぶものではなかったことは認めざるを得ない。しかし、その反動でもあるかのように個々の事例の多元性・多面性を全く考慮せず、それらをあくまで全体の一構成要素として扱う研究が近年飛躍的に多くなってきていることが、人文科学の学問としての存在意義を懐疑させ、その無用論に拍車をかけている気がしてならない。「部分」としての個別写本の祈念表象を明らかにしながら、「全体」としてのブルターニュ地方由来の時祷書群の間に「祈り」を介した繋がりを見出すことを目指す報告者の研究課題「中世末期のブルターニュ時祷書における祈念表象」は、以上の傾向に抗うものである。具体的には、典礼使用式や写本の所有主に基づいてブルターニュ地方に帰属・集成されている百余りに及ぶ時祷書を対象に、それらを彩る伝統的なキリスト教図像の細部に施された意図的な改変や、従来「意味なき装飾」とみなされてきたモチーフを多元的・多角的に検討し、子宝祈願や戦勝祈願、そして亡き親族の魂に対する救済祈念の多様な表象を確認するに至っている。2022年に公刊予定の拙著『装飾のむこう―ブルターニュ公家の子宝祈願と弔いのかたち(仮題)』を準備するにあたり、ブルターニュ公家の公位継承問題が時祷書の彩飾プログラムに多大な影響をもたらしている1431年、1450年代、そして16世紀初頭の

元のページ  ../index.html#655

このブックを見る