鹿島美術研究 年報第37号別冊(2020)
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― 656 ―― 656 ―い、固定観念を挑戦され、最後は新鮮で開かれた意識と教育スキルを携えて自国に戻っていった。例えば「コミュニケーション:感化される学び」の最初のセッションではWord map from memoryというモダリティーを行った。各自が記憶をもとに世界地図を描き、リストアップされた都市名をプロットする。都市名は参加者に関係する世界の都市である。次に4、5名のグループになり、共同で世界地図を描き、都市をプロットする作業を行う。このエクササイズは自らの記憶のあいまいさと限界、そして複数の人と共に考えることで、多くの情報が集められ精査され、世界地図がより完成されたものになることを知る。これは初めて接したイクロムの学びの事例であるためか、またはシンプルで意外性に満ちた効果のためか、セミナー後のフォローアップで各自が実践した中で実施率が高いものであった。また「保存のリテラシー:記録」ではMystery Objectのモダリティーを行った(注2、3)。参加者は謎の作品を囲んで座り、それぞれの位置から記録し作品に名前をつけた。5分後に各自の記録を持ち寄った。座る位置の違いからみえる謎の作品の形状はそれぞれ異なり、名称も様々であった。文化遺産の保護では記録は重要な仕事であるが、それが主観的であり、多様であることを目の当たりにした。これらの例が示すように、コミュニケーションを円滑にし、教育効果を高める教育法は、シンプルで、驚きがあり、自己と他者に問いかけ、会話を促すものであることが認識される。「そうか!」と興味をもつことが次の段階に進もうとする意欲を後押しする教育スキルのヒントを与える。このようなモダリティーは教育者が創造的に作り出すことができ、授業をより楽しく、教育効果の高いものにしてゆくインスピレーションとなる。今回のセミナーはGo Digitalというセッションでデジタル教育に力をいれた。「人間国宝」では、日本の無形文化財の記録映像をみてから、ロールプレイ(役割演技)を取り入れ、「人間国宝にインタビューする」をテーマに短い映像をスマートフォンのビデオ機能を使ってグループワークで作成した。ロールプレイという手法で、様々な権益者の立場に扮して演じることは、相互理解や気づきにつながることを学ぶ。作成した映像は共通のウエブ上のプラットフォームにアップロードし、再生してインタビューの内容や撮影方法について討議した。次にフィールドワークとして実際に柿右衛門窯(柿右衛門製陶技術保存会が重要無形文化財保持団体で柿右衛門氏はその会長)を訪問した。15代酒井田柿右衛門氏に案内され、400年続く伝統と革新が息づく窯、絵付け工房、ろくろ工房を見学し、職人技の精巧さは驚きに満ちていた。当日は

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