鹿島美術研究 年報第37号別冊(2020)
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― 665 ―― 665 ―ことがわかる。「病草紙」は寛政九年の土佐光貞転写本の系統であり、大舘高門が所蔵した旧関戸家本の奥書を転写する点で重要である。鎌倉時代には、質・量ともに充実した絵巻が制作され、現存数も多い。同館所蔵の原本としては「平治物語絵巻」が従前から著名である。同絵巻を狩野探信守道が文化十一年に写した作例や、蜷川式胤が明治三年に東京で得た作例も所蔵される。断簡として近年収蔵されたものに、いわゆる「新因果経」の一部である「絵因果経断簡」が五幅ある。鎌倉時代には、縁起絵巻と高僧伝は、多巻構成の作例が次々と制作された。注目されるのは、「春日権現験記絵巻模本」である。同絵巻の原本は鎌倉末期に西園寺公衡が発願し、絵所預の高階隆兼が絹本に描いた豪華な作例で、中世以降、古典的傑作として規範と仰がれた。同館所蔵の模本は近世の写しで、剥落写しによる精密なものから粉本系のものまで精粗に差があるものの、江戸時代のサンプルとして貴重である。「北野天神縁起絵巻模本」は二種の写しがあり、いずれも承久本を写したものである。ひとつは彩色がやや淡いものの、原本のもつ派手な色彩を反映した画面となっている。もうひとつは、明治初期に活躍した住吉広賢によるもので、京都・北野天満宮の社務所において転写したことが記録されている。このほか、「石山寺縁起絵巻模本」「不動利益縁起絵巻模本」「絵師草紙模本」「蒙古襲来絵詞模本」「土蜘蛛草紙絵巻模本」「東北院職人歌合絵巻模本」「天皇摂関大臣影模本」「佐竹本三十六歌仙絵模本」「文永十一年加茂祭草紙絵巻模本」「能恵法師絵巻模本」「前九年合戦絵巻模本」「中殿御会図模本」「当麻曼荼羅縁起絵巻模本」「西行物語絵巻模本」が挙げられる。模本に関しては、鎌倉時代原本のものが最も層が厚いといえよう。絵巻のほかにも、聖衆来迎寺本「六道絵」を写した「十界図模本」、掛幅本「当麻寺縁起」の転写本も収蔵される。南北朝時代の絵巻に対しては、近年注目が高まっている。「親鸞上人絵伝模本」は東本願寺の康永本の写しであり、「厳島縁起絵巻模本」は十四世紀に芽生えた稚拙な様式を正確に転写している。「後三年合戦絵巻模本」は東京国立博物館所蔵の原本と比べると人物が野卑な表情となっている。このほか、巨勢行忠らが原本を描いた東寺本「弘法大師行状絵巻」がある。室町時代の絵巻については、土佐光信周辺の原本として、「うたたね草紙絵巻」「化物草紙絵巻」という二点の小絵(小型の絵巻)が重要である。また、「下燃物語絵巻模本」は、土佐光信周辺による原本の風情をよくとどめている。このほか同時代の主要な作例の写しが確認できる。初期土佐派の基準となる「清凉寺本融通念仏縁起絵巻模本」「福富草紙絵巻模本」、土佐光信周辺で原本が描かれた「星光寺縁起絵巻模本」

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