鹿島美術研究 年報第38号別冊(2021)
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たちが描かれる。沙羅双樹は釈迦の四方を取り囲むように、東西南北に2本ずつ、計8本が配され、木々の間には雲が沸き立っている。奥には跋提河が流れており、画面上部には、2月15日に亡くなったことを示す満月が描かれる。そして画面向かって左上には、釈迦の死を知り、阿那律の先導により下天する摩耶夫人一行が配される。釈迦の肉身は金泥で塗られ、朱線による描き起こしによって各部位が表現される。鼻は鼻梁線を引き、やや上から俯瞰する形で描く。白毫は白色。髪際はM字形となり、緑青線を引き、墨線により毛描きを施す。頭髪は群青彩とし、肉髻朱は現状朱のみで表す。袈裟は表面の田相部は地を朱とし、金泥線による雲気文があしらわれ、条部は地を朱の具色とし朱線で蓮華唐草文が施される。裏面は緑青地とし、文様等は現状確認できない。裙は群青彩とし、金泥線で盤長のようなものが描かれる。衣の衣文線は墨線の下書きの上に截金線が置かれる。菩薩は白色もしくは肉色によって肉身が表現され、朱線による描き起こしがなされ、釈迦と同様髪際はM字形とし、緑青線を引き、墨線の毛描きが施され、頭髪は群青彩とする。様々な装身具を身に着けるが、金物には裏箔が用いられる。仏弟子や比丘、貴人、俗人等は、肉身はトーンを使い分けた肉色によって表現され、その内女性については肉身を白色とし、それぞれ朱線による描き起こしがされる。衣には金泥線や色彩線を多用し、様々な文様が施される。天部や力士は肉身を群青や朱、緑青などを用いて彩り、他と同様朱線を用いて描き起こし、甲冑等は細かく彩色が施され、金具類にはやはり裏箔が用いられる。画面下部に集められた動物たちは、他の作例と比べて多くの種類が描かれており、それぞれ細かく彩色が施される。沙羅の木の葉は、向かって右側が枯れた表現、左側が茂る表現となるが、右端は茶褐色で完全に枯れている。また、会衆の背後に沸き立つ雲は3色に分かれており、向かって右側が緑、中央が青、左が黄色となっている。画面向かって左上に描かれる摩耶夫人と付き人は、会衆の女性と同様に肉身を白色で塗る他は他の会衆と同様である。また阿那律も、肉身を肉色で表すなど、他の仏弟子等と同様の彩色方法である。画面中段の向かって左端には、「詫磨法眼榮賀筆」と墨書され、その墨書の上に朱印が2顆捺されるが、印付きが悪く、印文は不明である〔図2〕。以上大樹寺本について簡単に確認してきたが、ややコミカライズされた人物・動物の描写や、衣服の墨の輪郭線を生かした淡い著色とそこに施される文様表現などから、制作時期として鎌倉時代の後半以降から南北朝期頃が想定でき、詫磨栄賀筆という落款とも齟齬がないと思われる。― 103 ―― 103 ―

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