鹿島美術研究 年報第38号別冊(2021)
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記したような簡潔な説明書きであったと推測する。柳は出品物を生活や情報から切り離し、無機質に配置することで、個々の出品物を平易な造形物として扱い、観覧者が個々の出品物と無垢な状態で対峙できるようにした。これは、観覧者の観る技量が必要であり、観覧者の受け取り方によって展示が完成する。柳は出品物の美をどう受け止めるのかは観覧者に委ねたのであった。5.おわりに柳らが大正15年(1926)に発行し、民芸運動の嚆矢とされる『日本民芸美術館設立趣意書』(注5)(以下『趣意書』)で、今後の仕事について蒐集、展示、出版を挙げた。展示が常設でないこと以外は、『趣意書』での宣言を本展覧会において果たした。しかも、柳単独ではなく、信頼する同人とともに行ったことで、柳が民藝において重視した協力がここにあった。『日本民芸品図録』に掲載した写真は単独の展示品のみで、展示の様子は掲載していない。そのことに対して筆者は以前、当時の柳は、この展示が美の創作として到達していなかったと考えたためと推測していた。しかし、民芸運動の中心が展示と考えるならば、展示を作品として図録に収めることは目的ではない。目録や図録などの出版物は展示の補足として捉えるべきである。それでは、柳は本展覧会で何を示したのか。柳が記した特色は、同人の工芸に対する「直観」の正しさと出品物によって「民芸美」という新たな美の標準を示すことであった。整然と並べられた品々は、静かに人の眼を惹きつけた。よく観れば、その魅力を裏付ける理由を感じ、考えられた。複数人が出品しながらも、厚い、太い、丸みがあるという外見が共通していることから、同人の美の方向性が一致していることがわかる。そして、厚い、太い、丸みがあるという特徴が、「民芸美」の「親しみ」、「健康」に繋がっていることが示された。「自らの眼で直に観る」ことを促す柳に対して、本稿の様な考察は邪魔な論考かもしれない。柳の展示創作には、民芸美の説明を理解するより先に、目の前にある品の美を感じてほしいという意図があった。筆者は本展覧会を実際に観ることはできなかったが、本展覧会を考察したことで、柳の展示と民芸思想に対する理解が一層深められた。今後の研究でも、柳の展示活動の考察によって、柳が後世に継いで行こうとした思想を筆者なりに解明して行きたい。― 145 ―― 145 ―

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