鹿島美術研究 年報第38号別冊(2021)
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⑭明代官窯磁器に見られる龍文とその象徴に関する研究研 究 者:日本学術振興会 海外特別研究員  新 井 崇 之はじめに龍は中国において磁器の上に表現されることが多く、そのデザインには時代や地域によってバリエーションが存在した。だが明代(1368~1644)になると、皇室直轄の官窯である「御器廠」が景徳鎮に設けられ、磁器上に描かれる龍文が厳格な統制を受けるようになった。ここでは、複数種類の龍文が明確に描き分けられつつも、各デザインが固定化されたのである。官窯は皇室直轄であり、その図案には明朝政府の意向や思想が直接反映されたため、複数種類の龍文が厳格に描き分けられた背景には、何かしらの意図があったと考えられる。だが先行研究では、官窯磁器の龍文に複数種類があることは指摘されているが、龍の種類ごとの象徴的意味について言及されることはほとんどなく、さらにその意味が確立された政治的・思想的背景を論じた研究は行われていない。そこで本報告では、明代官窯磁器に見られる龍文を網羅的に検証した結果、とくに重要だと考えられる3タイプの文様を取り上げ、関連する作品資料と文献史料に基づいてその象徴的意味を解釈する。タイプ① 短鼻五爪龍有史以前に水棲生物から派生したとされる龍は、後に易や陰陽・五行の思想と結び付き、変化する気を象徴するようになる。また、聖人は陰陽の気を操るという思想に基づき、龍は帝王に使役された家畜と認識されるなど、龍は様々な象徴的意味を兼ね備えた(注1)。現在では、中国の龍文が一貫して皇帝専用であったと認識されることもあるが、皇帝を示す龍の特徴が明記されたのは比較的遅く、元代(1271~1368)になってからである。『元史』巻78、「輿服1」には、「一、蒙古人には禁限がなく、また親衛軍にあてた諸色人等にも禁限はない。ただ服の龍鳳文は許可しない。龍とは五爪二角のものをいう」(注2)とあり、これを以て皇帝専用の龍の特徴が、五爪二角と定められたのである。しかし、元代の磁器に表現された五爪二角の龍を見ても、デザインの統一は行われていない〔図1、2〕。このため、元代の段階では皇帝を象徴する龍文に対し、見本を提示して厳密に描かせることはなかったと考えられる。その背景として、元代は政府の命令を受けて磁器を生産する窯が景徳鎮内に多数存在しており、明代の御器廠の― 149 ―― 149 ―

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