鹿島美術研究 年報第38号別冊(2021)
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⑮平安後期の美術で見られる高麗の唐草文について─11・12世紀の高麗鐘との比較を中心として─研 究 者:学習院大学 非常勤講師  金   寅 圭はじめに蓮や牡丹などの植物に蔓が絡んで伸びている唐草文は、永続・永遠の吉祥の意味で、アジアの美術における飾り文様として長く使われている。こうした唐草文は、アジアにおいて、蓮・牡丹ともに、蓮・牡丹唐草文として仏教と密接な関係をもって変化していく(注1)。アジアにおける、初期の唐草文は、3世紀のガンダーラ仏像の装飾としてみられ、漢代・魏晋南北朝時代や唐・宋代の仏像・工芸などでも数多く使われ、同じ時代の韓国・日本の仏教美術に大きな影響を及ぼすようになる。韓国鐘における唐草文は、最古の統一新羅の鐘(725年)から朝鮮時代の鐘(19世紀)まで、1100年以上、鐘の上帯・下帯、乳郭の飾りとして施されている。このような韓国古代の鐘における唐草文の長い歴史は、飛天文とともに、韓国の仏教美術や鐘の特徴の一つとして捉えることができる。この中で、高麗鐘(918-1392)の唐草文は、統一新羅鐘(677-935)の唐草文を継承しながら、当時の新しい要素や表現を加え、東アジアの仏教美術において新しい造形の美を生み出すことになる。特に11・12世紀における高麗鐘の唐草文は、表現において多様性・モダンさで、以前には見られない美しい造形を見せ、平安後期の仏教美術に影響を及ぼすようになる。1.11・12世紀の高麗鐘における唐草文4世紀後半からの仏教の発展をきっかけに、東アジアにおいて、唐の長安・高句麗の平壤、飛鳥の奈良などを中心に造寺・造像、造鐘などの製作が活発に行われていた。こうした造寺に伴い、鐘が寺の中央に設けられた鐘楼の中に置かれ、「音」を通じて釈迦の功徳を伝え、世の中が浄土の世界になることを願っていた。これらの鐘の表面には、楽器を演奏する飛天や唐草の文様が装飾され、浄土の世界が忠実に描写されている。特に、韓国鐘には、地上の鐘の音と鐘の表面に飾られた飛天が演奏した天上の音が一つになり、その上に浄土を象徴する唐草・雲などの文様が鐘の表面に加わり、浄土の音を立体的に視覚化することに成功している。韓国鐘における唐草文は、最古の上院寺鐘(725年)にみることができる。この唐― 160 ―― 160 ―

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