鹿島美術研究 年報第38号別冊(2021)
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⑲ヴェルサイユ宮殿鏡の間の古代ローマ皇帝胸像の研究序研 究 者:大阪大谷大学 非常勤講師  神 谷 友 希フランス王ルイ14世(位1643-1715年)はヴェルサイユ宮殿の王のアパルトマン(注1)に古代ローマ皇帝を表した胸像コレクションを飾っていた〔図1~4〕。これらの胸像について先行研究ではニコラ・ミロヴァノヴィチやアレクサンドル・マラルがその来歴や配置について一部を明らかにしているが、その配置の意図、すなわち象徴性については概説的な見解にとどまる(注2)。古代ローマ皇帝の胸像コレクションは1682年の記録ではヴェルサイユ宮殿の豊饒の間にあり、1703年の記録では大ギャラリーである鏡の間にあったが、先行研究では豊饒の間に置かれていた際の象徴性については簡単に述べられているものの、鏡の間に移動した理由やそこでの新たな役割や象徴性については研究されてこなかった。そこで、本研究では新たな以下の仮説を提示する。すなわち、元来、豊饒の間は王のコレクション室に隣接し、これらの胸像を飾るにふさわしかったが、王のアパルトマンの改装と動線の変化がその状態を変えた。そこで胸像の配置を再検討し、あえて装飾の政治性が強調されるギャラリーである鏡の間に移すことで、胸像コレクションの政治的な象徴性を強調したという説である。伝統的にフランスの王宮では、鏡の間のようなギャラリーには王権の正統性を象徴する装飾がなされてきた。鏡の間では施主であるルイ14世の権威や栄光が表現されている〔図5〕。鏡の間の装飾を記述した同時代資料は国内外の貴族の訪問記を含めれば多数あるが、古代ローマ皇帝胸像コレクションに触れたものは少ない。同時代においても研究史においてもあまり注目されてこなかった皇帝胸像の象徴性を建築史の観点から明らかにする。1.基本情報1.1.ルイ14世の古代ローマ皇帝の胸像コレクション古代ローマ皇帝を表した胸像コレクションは、ユリウス・カエサルと初代アウグストゥスからドミティアヌスまでの11人の皇帝の計12体で構成される(注3)。16世紀から17世紀、スエトニウス著『ローマ皇帝伝』(121年)(注4)の影響で、こうした古代ローマ皇帝の彫像のコレクションが流行していた。イタリアでは古代ローマ皇帝たちの彫像シリーズが数多く制作され、フランスでは1641年に『ローマ皇帝伝』の仏― 206 ―― 206 ―

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