注⑴絵具の流動性の強化のために、ポピーオイル(紅花食用油)が溶剤として新たに用いられたようだが、このポピーオイルの使用についてデ・クーニングは、「濡れた状態を維持するし、リンシードオイルみたいに乾かないので、より長く制作することができる」と語っている。DeKooning, in Garby Rodgers, “Willem de Kooning: The Artist at 74,” LI: Newsdayʼs Magazine for LongIsland (May 21, 1978), 21.の方法においてもリパードの議論と類似する部分を持っている。例えば、オルデンバーグのソフトスカルプチャーがその柔らかさゆえに、そこに付与された力を感得させることをリパードが論じていたように、フォージもまた、カンヴァスの表面(に残された絵具の肌理の微細な差異)に多様な力を汲み取っていた。フォージの批評は、作品に看取される触覚性や身体的な感覚に着目し、それらをエロティックな経験として書きとめたリパードの主張とも通底している。しかし、フォージがデ・クーニングの作品に看取した自他の境界の溶解や相互浸透的な官能とは、リパードがポストミニマリズムの作家たちに見出した触知的な反応の喚起というよりも、それが全身体へと拡張されるような、より過激なものであった。それゆえ、デ・クーニングの60年代の作品は、エロティックな美術作品を選定しようとする批評の動きのなかでも特異な位置を占めていたといえよう。4.おわりに以上本論では、1960年代末にデ・クーニングの60年代の作品群に対して肯定的評価を与えたアンドリュー・フォージの稀有な読解をやや詳細に検討したことによって、同作品群が、その受容において当時の性革命の動向に広く影響を与えたマルクーゼやノーマン・ブラウンの著作と共鳴するものでもありえたことが窺えた。また、デ・クーニングの画業において、股を開き性器を露出するポーズが出現する1966年前後にニューヨークで顕在化し始めた二つの美術動向、つまりエロティックアートとポストミニマリズムをめぐる当時の議論について確認した。性表現に対する法規制の緩和は、市場に流通する過激な表現を反映したエロティックアートの氾濫という状況を批評家たちに実感させた一方で、エロティックな美術が新たに追及すべき道筋を模索する議論を引き起こしたということができる。デ・クーニングの60年代の作品群は、そうした当時の批評におけるエロティックな美術の評価や選定といった文脈上にありながらも、自他の境界が溶解する描写を通じて観者に全身体的に体験される官能という性質によって、特異な位置を占めていたと考えることができるのである。― 223 ―― 223 ―
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