㉓ 近世の大名家における能楽と能道具の受容に関する研究研 究 者:早稲田大学大学院 文学研究科 博士後期課程東京文化財研究所 研究補佐員 大 谷 優 紀はじめに現在使用される能面は細かく分類すれば200種類を超え、面種ごとに造形の型が定められている。このように能面が細分化し個々の造形を確立していったのは主に室町期のことだと考えられているが、当時の能面制作の実態については今なお明らかになっていない。その理由として、室町期の能面制作に関する文献史料がほとんど残っていないことや、基準作例となる面の少なさが挙げられる。また、近世以降の能面のあり方についても検討の余地が残されている。江戸期に入ると能は幕府の儀式用の芸能に制定され、武家の間でも広く行われるようになった。能が芸能として権威を高めていくとともに、能楽諸家が有する中世以前の面は貴重視されるようになり、能面制作を専門に手掛ける面打ちによって古作の面を写した模作面が数多く制作された。演能のため大名家では多数の能面が収集されたが、そうした能道具の多くは大正期から昭和期に入札会等を通じて流出し、現在まで一括した形で伝わるコレクションは少ない。道具帳などの収集の過程がわかる記録も豊富に残されているとはいえず、近世の大名家における能面受容についてもいまだ明確にはされていない。以上のように、能面については中世の能面制作および近世の収集ともに現在も不明点が多く残されている。こうした問題について考えるうえで重要な意義を持つ作例として、本稿では早稲田大学會津八一記念博物館所蔵・富岡重憲コレクションの「べしみ」「平太」「曲女」の3点の能面を紹介したい。また、3点のうち特に貴重な作例である「べしみ」を取り上げ、他作品との比較や造形に対する検討を通して本作が有する資料的価値について考察を試みる。1.「べしみ」「平太」「曲女」の伝来についてはじめに3点の能面の概要を紹介し、伝来について検討を行いたい。富岡重憲コレクションは日本重化学工業株式会社の初代社長・富岡重憲(1896~1979)が蒐集した作品群からなり、東洋陶磁と近世禅書画が中心を占める。本稿で取り上げる3点以外に能面は含まれておらず、これらの面が入手された経緯は伝わっていない。現在「べしみ」「平太」「曲女」は一括してひとつの箱に収められており、「能面三― 249 ―― 249 ―
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