(1)銘文と制作年代2.「べしみ」について続いては、3点のうち「べしみ」面〔図1~3〕を取り上げ制作年代について検討を行う。はじめに面の造形について述べる。頭部に冠形をあらわし、額中央を逆三角形に盛り上げる。両耳をあらわす。目を大きく見開き、眉を隆起させる。眉間にW字型の皺を刻む。鼻翼を開き、鼻孔を半月型にあらわす。口を一文字に結び、両端に皺を刻む。次に構造と彩色をみていこう。法量は面長19.5センチ、面幅15.9センチ、面奥10.7センチ。檜一材製で、目、鼻を刳り抜き、眼球部分に鍍金銅板を嵌めこむ。彩色は白下地に褐色がかった肉色で全体を仕上げ、眉間の皺、小鼻の脇、鼻の下、耳、口両脇の窪みに薄いピンク色を重ねる。冠形を墨で塗り、頭髪、眉、口髭、顎髭を細い墨線であらわす。眼窩の窪みを薄墨で塗り、目の上下を墨で囲んで目頭に朱を塗る。一文字に結んだ口の界線に朱を引く。裏面〔図4〕は全体を平滑に刳って漆塗りで仕上げ、鼻孔の部分は塗り残す。額部分に銘文(「酒井惣左衛門作/為盛(花押)/天文九{庚/子}五月三日/奉納/白山妙理権現/願主戊辰歳」)を陰刻して朱で塗る〔図5〕。面の右側には2枚の貼紙(「長㚑べしミ」「丙/四号/出品」)が確認できる。本作についてまず注目されるのが、面裏の刻銘である。前掲の銘文から、面の制作者が酒井惣左衛門であり、天文9年(1540)5月3日に為盛という人物によって白山妙理権現に奉納されたことがわかる。ここから、本作は室町期に制作された奉納面であったと考えられる。本面と願主および奉納先が共通する作例として、岐阜・長滝白山神社所蔵の翁面が挙げられる。同面の裏は平滑に刳られて黒漆で仕上げられ、額部分には「白山妙理大権現/奉納所也/天文十一年{壬/寅}/五月廿六日/酒惣作/為盛(花押)/□河国住人」と刻銘がある。なお、刻銘は白く彩色されている。この銘文から同面は酒惣が制作し、天文11年(1542)5月26日に為盛が白山妙理大権現に奉納したものであるとわかる。さらに、長滝白山神社所蔵翁面と関連する作例として、広島・厳島神社所蔵の翁面が知られている。同面の裏は平滑に仕上げた上に黒漆を重ね、額部分に「酒□作/為盛(花押)/天文十三/七月十一日/木村徳万/参」という銘文が刻まれる。作者名が一部判読不能になっているものの、為盛によって天文13年(1544)7月11日に奉納― 251 ―― 251 ―
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