㉕ 横山大観の寄付画について研 究 者:横山大観記念館 研究員 池 田 博 子はじめに横山大観の画業については、おもに日本美術院展および官展への出品作を中心に語られ、また多くの研究がなされてきた。しかし、社会情勢とも密接に関係し、影響力も画壇だけにとどまらなかった画業全体を捉えるには出品作以外の制作についても精査が必要である。すでに、そうした内容の一部については、大観への受注台帳の記録から、画商から団体、個人など様々な依頼者から年100件近くの注文があったこと、内容も絵画から陶磁器の絵付け、着物の図案、書籍の装丁など多岐にわたっていたことなどが明らかにされた(注1)。また、受注台帳には依頼者からの希望画題に加えて、墨または彩色、支持体と寸法と画料、用途のほか軸や額といった形態も記されており、大観が制作に際して細かな注文に応じていたことが確認できる。同時に、画料の項目に「寄附」の語が記されているものも散見する。このように大観が寄付をした作品は、画料の制限をうけることなく、依頼者とその目的に応えた大観との直接的なやりとりが見える点において、百貨店や画商を介した即売展用の制作とは大きく異なる。本稿では、これら寄付画をまとめることで、大観の画業の一端をあきらかにする。あわせて、その目的や利用法を概観し、日本画がどのようなかたちで鑑賞に供されてきたかを確認したい。1.寄付画について大観が無償で納めた作品は、親しい者への礼や祝いの品から皇室への献上画まで、目的も内容も多岐に渡る。個人的な制作例として、小杉未醒の長女へ贈った合作雛屏風《三保の松原・天女の図》(大正8年)、細川護立へ納めた勅題画(大正7年~)、昭和天皇へ献上した《日出處日本》などがあり、また、美術院の仕事として納めた例には画帖への揮毫が多く、皇太子行啓記念の献上画帖《景雲餘彩》(大正11年)、東京府美術館建設に尽力した佐藤慶太郎への画帖(大正15年)、院の理事を務めた齋藤隆三への学位取得の祝画帖(昭和7年)などがある。いずれも絵画作品であるが、中にはポスターや絵はがきなどの複製品、そして書籍刊行に際した制作もあり、これらはおもに口絵や装丁への描き下ろしであった(注2)。また、絵画以外には帛紗の図案や書もあり、前者は慶弔の進物として、後者は顕彰碑建立に際した揮毫などで、この場合の寄付は建碑費を含むこともあった(注3)。このように画料を受け取らずに納― 268 ―― 268 ―
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