組み合わせは、これに鏡を加えた三つからなる、三種の神器を想起させる。《夷酋列像》と同時期に幕府の調査報告のために制作された《蝦夷島奇観》(東京国立博物館所蔵)で、鍬形は「蝦夷第一品の神器」と説明される。鍬形には金属製の円盤が貼り付けられるのが通例であり、超殺麻の携える鍬形にもそれを確認できる。その形状は鏡に通ずる。鍬形は、鏡の見立てだ。つまり、刀剣と勾玉とともに描かれる鍬形は、「神器」という共通概念と形状の類似によって、八やたのかがみ咫鏡に転化する。八咫鏡は、天あめのいわと岩戸に隠こもった天あまてらすおおみかみ他方で廣成子は、崆くうどうさん峒山の石室に居た古の仙人で、伝説上の皇帝「黄こうてい帝」がこれを師と仰いだことからその名が知られる。『列仙図賛』のもととなった明代の『有象列仙全傳』(王世貞著)はその伝承に基づき、黄帝がその石室を訪ねる場面を描く。洞窟の中に座す廣成子に対し、黄帝は深々と頭を下げる。『列仙図賛』では二仙はそれぞれ独立した一図となるが、二図は見開きの左右に配され、右頁の廣成子に対し左頁の黄帝がやはり頭を下げる。『列仙図賛』には石室は描かれないが、廣成子の膝を曲げて座すその体勢は、石室に隠こもる様をあらわすものと解せる。中華民族の祖とされる黄帝の崇敬を受ける廣成子の格は、皇祖神天照大神のそれに比肩しうるだろう。天照大神と廣成子、両者は和漢の最上格の神仙であり、共に岩戸/石室に隠こもる。つまり〈麻マウタラケ烏太蝋潔〉は、〈太陽/日─天照大神/石戸に隠る最上格の神─廣成子/石室に隠る最上格の仙人〉という連関を内包する。本図に付されたアイヌ語に漢字をあてた表記、「麻マウタラケ烏太蝋潔」の名と、居住地をあらわす「烏ウラヤスベツ蝋亞斯蹩子」には、太陽に棲む「烏」の字が二つと、太陽の「太」の字がある。本作の難解な字の選択には、そこに絵解きのヒントを忍び込ませる意図があったとみえる。同様の分析と解釈がのこり十図でも可能である。続く〈貲ツキノエ吉諾謁〉〈贖ション穀コ〉〈乙イ箇コ吐ト壹イ〉の三図〔図5〕は、『三国志演義』の「桃園三傑」でありかつ、『山海経』で鬼門を守護する黄帝と門神に重ねられる。〈貲ツキノエ吉諾謁〉は、波響の師・宋紫石による《関羽図》(個人蔵)を踏まえた構図で、巨大な体躯に長い髯と着物の赤は、関羽のトレードマークに通ずる。関羽は桃園で義兄弟の誓いを交わした劉備、張飛とともに「桃園三傑」となって描かれることもあっ照大神を外に出すためにつくられた。〈超チョウサマ殺麻〉はその八咫鏡/鍬形を、画面の右方、すなわち右隣の〈麻マウタラケ烏太蝋潔〉に向けて掲げる。これにより〈麻マウタラケ烏太蝋潔〉は、太陽神・天照大神へと転じる。天岩戸神話を描く絵では、天照大神を正面から捉えて描くのが一つの定型である。同じく正面から捉えられる〈麻マウタラケ烏太蝋潔〉の、膝を立てて座すその体勢は、天照大神が天岩戸に隠こもる姿をあらわすのではないか。― 280 ―― 280 ―
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