(3)祭礼行列(4)その他堺市博本では、両隻の画面中央を紀州街道(大道)が貫いており、左隻ではこの道を神事行列が進む。神事行列については、民俗学の方面から行列次第やアハラヤ(花笠の稚児)の役割など研究が進められてきた(注14)。アジア美術館本の住吉隻では廻廊に馬が集められており、住吉祭とは別の行事を描くようにも見える。しかし浜辺の瓜売りの姿から、季節は堺隻と同じ夏とわかり、男たちが馬を海で洗う様子からも、住吉隻は住吉祭に使う馬を準備する景と考えておきたい。堺隻の行列は、堺市博本とは次第が異なる。また、仮装行列は描かれず、神事行列の途中に、女たちの輪踊りや母衣武者姿の男たちが混じる。神輿は海に近い環濠の水中を渡っており、その傍では男たちが馬糞らしきものを拾っている。御輿の設置場所である宿院の玉垣の傍では女が子どもに大便をさせており、アジア美術館本は神聖なものの傍に不浄なものをあえて描いているのが注目される。行列には年老いた男女も参加し、町の北端の高須遊郭と思われる場所では男女が戯れている。これらは堺市博本には描かれないものであり、慶長期以前の風俗画の民衆のエネルギーを感じさせる表現を想起させる。住吉祭では穢れをアハラヤに負わせることによって祓ったといい、排泄物・老い・性交から生じる病などの穢れを象徴的に表わすものとも解釈できる。しかし祭礼図において、そのような祭の意味を伝えようとする表現は特殊であり、さらなる考察を要する。アハラヤは住吉祭に独特のものである。堺市博本では住吉大社の鳥居下の小柄な馬上人物がそれかと見えるが、花笠を被っておらず定かではない。アジア美術館本では、花を頭上に載せる二人の人物がアハラヤであろう〔図8〕。赤衣と天冠を着することになっていた斎(いつき)の細緻な描写も文献史料(注15)が伝えるところと一致する。その他、アジア美術館本の注目すべき図様として、南蛮人と浜辺の材木を挙げておきたい。堺隻第三扇の南蛮人は鼻が高く、日本人の仮装ではないとわかる。彼らは首にクルスを掛けている。第五扇には干十字を屋根に戴く建物が見え、イエズス会の聖堂と思われる。これらは禁教前の堺の景観イメージを表わすものであろう。堺隻第一・二扇の浜辺には高く積み上げられた材木が目立つ。堺は15世紀以降に畿― 295 ―― 295 ―
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