説部分に書き込みはなく、カラーやモノクロの良質な作品図版を見て学んでいたことが分かる。今回の調査で日付から渡欧前の日本で手に入れた洋書の画集が5冊あることが分かった。「Saburo」のサインのあるゴッホの画集Vincent van Gogh, by G.F. Hartlaub, Leipzig, 1922は中でも一番古くから手元にあった画集だと考えられる。「R. Takahashi/may 13th 1924」とあり、先に紹介した親戚の高橋が大正13年(1924)に入手し、麻生に譲った画集だと考えられる。そのほか、昭和4年(1929)にセガンティーニ、昭和6年(1931)にゴッホ、1934年にピカソとシャガールの画集を麻生は入手したようだ。ヨーロッパ滞在中に入手したことが書き込みにより裏付けできるのは10冊でうち9冊は1938年5月の日付が記されている。滞在中にはウッチェロ、グリューネヴァルト、マザッチオ、ジオット、ピエロ・デ・ラ・フランチェスカ、フランス絵画、ルーブル美術館、アクロポリス美術館、イタリアの古代絵画のものなど、先に確認した立ち寄り先に関わるものがほとんどであった。このうちルーブル美術館の中世の彫刻、ギリシア彫刻に関する本にはいずれも「大桑さんより戴く」とあった。麻生マユ氏のご教示によると、大桑氏はパリに駐在されていた企業の社員の方で滞在中に親しくなり、帰国後も家族ぐるみでお付き合いのあった方とのこと。これらの蔵書から25歳の麻生がヨーロッパで幅広く、深い人との縁を広げていたことがわかる。そのほか、古代ギリシア彫刻、エジプト美術、フランドル絵画、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ヴィールツ美術館、イタリア美術、スーチン、ゴヤ、ジョルジョ・デ・キリコ、アンソール、ゴッホに関する書籍3冊は1920から30年代に出版されており、麻生が渡欧中または渡欧する前後に入手したのではないかと思われる。また、レンブラントの画集には「山岸光吉」の蔵書票、カルパッチョとジョルジョーネの画集には丸善のシールがついていることから、時期は不明だが日本で入手したものだと推測できる。以上、麻生が渡欧前後から手元に置いていた西洋絵画の画集を確認してきた。その蔵書から彼がこの当時に関心を持っていた西洋絵画のふたつの傾向が挙げられる。まずはギリシア彫刻やエジプト美術、ルーブル美術館やアクロポリス美術館の古代彫刻のものに象徴されるように、人間的な美を根源的に追求したものへの関心である。先の『イタリア紀行』で麻生が述べていたように「美の要素を自然から選び出していて自然から切りはなした美があること」が感じられる作品である(注13)。もうひとつは、ルネサンス以降の人間の内面を暴くような作品への関心である。麻生はルネサン― 319 ―― 319 ―
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