【図像の同時代的解釈─シビュラに注目して】く在俗の知識階層の間でも流行していた。その影響は絵画作品にも表れており、カラヴァッジョの《聖マタイと天使》(1602年、ベルリン、カイザー・フリードリヒ美術館旧蔵)や、先に挙げたラファエロの《イザヤ》など、ヘブライ語銘文が描きこまれた作例が知られている(注21)。つまり、本装飾のヘブライ語銘文も、こうした文脈を共有していると考えられる。ただ、想定される観者の大半がヘブライ語の素養などない一般市民であり、また、非常に高い位置にあるため物理的にも判読がほぼ不可能なこのクーポラ天井において、ヘブライ語を銘文に加えた意図については、もう一歩踏み込んだ検討が必要だろう。ここで注目されるのが、内部の階段を使えばルネッタとほぼ同じ高さの階層に出られることである。そこから見ればクーポラ装飾の画中銘文はいずれも判読できる(注22)。そして、この場に出られたのはまず教会関係者だろうから、ヘブライ語を含む画中銘文はこうした一部の教養人に向けたものだった可能性が挙げられる。このことは、画家にとっては、ピアチェンツァの知識階層へ向けて、教養の求められる主題にも対応できることの宣伝になったと思われ、実際、グエルチーノはこの装飾以降、ピアチェンツァでの顧客を増やしている(注23)。また、シビュラ主題部分においても同様のことが指摘できるだろう。シビュラのうち一人は、文頭の「N」のみを判読可能な状態にしたダミー文を提示している〔図13〕。「N」から始まるシビュラの予言文言といえば、「Nascetur propheta absque matris coitu ex virgine eius」や「NEKPΩN ANAΣTAΣIΣ」などが有名で、聖堂装飾にもしばしば用いられた(注24)ことに鑑みれば、このように文頭の一字のみを示すことは予言文言の比定を促す描写と言え、ヘブライ語の場合と同様、教養人に知的な遊びを提供したことだろう。この工夫も功を奏したのか、後年、グエルチーノは銘文入りのシビュラ主題タブロー画を多く注文されている。17世紀イタリアにおいて同主題のタブロー画に銘文が入ることは珍しく、グエルチーノ作例の特色となっている(注25)。本装飾の図像については、プログラムに関わる一次史料に乏しいこともあり、先述したように、描かれている主題と画中銘文に基づいた検討が行われてきた。主要な先行研究としては、2017年の展覧会図録においてスザンナ・ピーギが、ラテン語画中銘文の読解を軸に個々の主題が示す神学的解釈を簡潔に示したことが挙げられる。それによれば、預言者らの周囲に記されたラテン語銘文はいずれも聖母マリア崇敬とキリストの到来、マリアの母性を示し、ルネッタに描かれた降誕伝の主題から― 342 ―― 342 ―
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