鹿島美術研究 年報第38号別冊(2021)
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㉝ 麦積山石窟壁画の重修─装飾文様 パルメット─研 究 者:九州国立博物館 アソシエイトフェロー  李緒 論麦積山は秦岭山脈西端の群山に聳え、石窟に現存する窟龕は221基あり、造像総数は10632体余り、壁画総面積は979.54m2に達する(注1)。麦積山石窟の研究は20世紀40年代から始まり、窟龕・造像を対象としたものが多い。それに対して壁画の研究は、付随的に扱われると共に、対象も保存状態の良好な例や経典と関連する例に限られてきた点が、学史上の総括として特記される。壁画の研究が滞った原因として、残存状況の劣悪さに加え、後代の補修すなわち重修の存在が挙げられる。壁画の原初の姿を求めようとすれば、重修は確かに阻害要因となる。しかし、本研究ではこれを逆手にとり、下層の原画が古く、上層の重修画が新しいという事実に着目するところから出発したい。すなわち、幾多の重修例の観察結果を約言すると、下層の図柄は描線が古拙で、形状が素朴で、色褪せており、上層の図柄は描線が繊細で、たおやかで、色彩が鮮やかである。そこでこの相異に立脚して、下層の描画様式を「様式1」、上層のそれを「様式2」と呼び分けることにする。そうすると、論述の対象となる壁画それぞれは、様式1(原画)+様式2(重修画)に加え、重修を欠く様式1、同じく重修を欠く様式2のいずれかに分類される。さて、麦積山石窟の開鑿は南北朝期に始まり、その盛期は隋代をもって下限とする。そしてその間に描かれた壁画の図柄は、人間・動物形の図像と、植物・幾何学文などの文様に大別され、さらに文様は、「蓮華」、「パルメット」、「連珠文」、「放射光状装飾」、「火焔文」、「渦文・田相・宝珠・卍文」に細分される。本稿ではケーススタディとして「パルメット」を取り上げることにする。対象となる窟龕は以下の通りで、総計68基を数える(注2)。4・5・16・17・20・22・23・24・25・26・27・35・36・39・43・45・53・54・60・62・65・69・70・71・74・76・78・80・81・82・83・85・86・87・88・90・92・94・98・101・109・110・112・113・114・115・116・117・120・121・123・126・127・128・132・133・135・140・141・142・148・154・155・158・159・160・163・175― 364 ―― 364 ―梅

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