鹿島美術研究 年報第38号別冊(2021)
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②神田日勝のイメージ形成過程に関する研究1.はじめに神田日勝(1937-1970)は、北海道十勝地方鹿追町で農業の傍ら絵画制作をおこなった「農民画家」として知られている。牛馬を画題としたリアリズムの画風がよく知られるが、14年の画歴で多様な画風が試みられており、その変遷は、画題や色彩、描法、テーマにおいて試行錯誤が繰り返されたことを物語る。鹿追を生涯離れることなく、独学で全道展(全道美術協会展)や独立展(独立美術協会展)に出品していた日勝の画業は、彼の兄神田一明が東京藝術大学油画科に進学して画家になったのとは対照的であり、長らく地方画壇の独学画家として捉えられてきた。さらに夭折の画家という強いイメージがくわわり、同時代の美術動向から隔絶した孤高の存在と見なされ、作品の具体的な制作過程や他の画家との繋がりに光があたってこなかった。しかしながら、近年遺族所管のデッサン帳とスクラップ・ブック、蔵書の調査が可能になったことで、日勝の同時代美術に対する積極的態度とともに、その作品制作の過程において、既存の絵画や写真から図様が取り入れられていた実態が知られることとなった。旧来の画家像と作品観は、いまや神田日勝芸術の全貌を捉えるには不十分であり、没後50年を節目に、その芸術を美術史の中で捉えようとする試みが始まっている(注1)。本調査研究は、これまでの資料調査を引き継ぎつつ、スクラップ・ブックに集められた他の画家の作品図版(絵はがきや当時の新聞雑誌等から切り抜かれたもの)を対象に、日勝作品の図像源とイメージ形成過程に着目するものである。展覧会を訪れる機会が極端に少なかった日勝にとって、そうした複製された作品図版こそが、当時の美術界の動向を伝えるとともに、インスピレーションの源泉であったと考えられる。本稿2章では、スクラップ・ブックの内容に注目し、日勝の絵画学習方法の実態と、それらを典拠として制作された本画およびデッサンの事例を見ていく。続く3章では、日勝の画業の集大成と位置付けられている代表作《室内風景》(1970年)を取りあげ、先行研究で本作の図像源として指摘されている同時代作品との関係性について、その受容の特異性に注目する。初期作品から没年のものまで、また展覧会出品作とそれ以外の風景画やデッサンも─スクラップ・ブックにおける図像源の調査を中心に─研 究 者:神田日勝記念美術館 学芸員  川 岸 真由子― 450 ―― 450 ―

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