鹿島美術研究 年報第38号別冊(2021)
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含めて、複数の作品に先行する絵画の存在が指摘できる。ただし制作時に参照されたのは、《室内風景》という例外を除き、絵画の実物ではなく印刷物等に複製された図版である。このことを踏まえて、最後に日勝のイメージ形成過程の特徴を分析、考察し、結びにかえたい。2.日勝のスクラップ・ブック神田日勝が所持していたスクラップ・ブックはこれまで2冊とされてきたが、日勝本人の手で編纂されたものは1冊だけであり、もう1冊は日勝の没後に夫人のミサ子氏の手で作成されたものであると判明した。前者を「スクラップ・ブックA」、後者を「スクラップ・ブックB」と呼ぶ。2­1.スクラップ・ブックAスクラップ・ブックA〔図1〕には26点の作品図版が貼られている。絵画25点、彫刻1点である。カラーで印刷された図版8点のうち、6点はブリヂストン美術館(現アーティゾン美術館)所蔵品の絵はがきで、セザンヌ《帽子を被った自画像》、《鉢と牛乳入れ》、モネ《セーヌ川》、ファン・ゴッホ《鰊》、ユトリロ《サン・ドニ運河》、佐伯祐三《ガラージュ》が確認できる。残る2点は、ベルクグリュン美術館所蔵のクレー《植木と窓》と小磯良平《母子群像》(1956年、第20回新制作展)であり、当時の図録や画集、美術雑誌の切り抜きと思われる。続いて白黒で印刷された16点の図版は、当時の美術雑誌や新聞から切り抜かれたものと考えられる。作者、作品名、展覧会出品歴の特定にいたったのは半数であったが、松方コレクションのピサロ《冬景色》のほかは当時の公募展出品作であり、寺島春雄《柵と人》(1957年、第2回新道展)、曺良奎《マンホールE》(1960年、第13回日本アンデパンダン展)、田中阿喜良《棺》(1955年、第10回行動展行動賞受賞)、田中忠雄《富める人への訓へ》(1960年、第15回行動展)、北川民次《白と黒》(1960年、第45回二科展)、佐藤真一《二人》(1960年、第15回行動展)、大森朔衛《陸》(1960年、第15回行動展)、伊藤正《雪の農場》(1959年、第2回日展特選)と特定できた。スクラップ・ブックAの編集は1952年から1960年頃になされたものと推定でき、日勝の公募展初出品が1956年であることから(注2)、日勝芸術の黎明期とも言うべき時期にあたる。先行研究では、寺島春雄《柵と人》が日勝の《板・足・頭》(1963年)の図像源として指摘されているが(注3)、寺島作品と同じ頁に貼られている曺良奎《マンホー― 451 ―― 451 ―

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