鹿島美術研究 年報第38号別冊(2021)
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2­2.スクラップ・ブックB本稿では便宜上スクラップ・ブックBと呼称するが、先述の通り没後に日勝夫人が作成したもので、本来は蔵書という位置づけがふさわしかろう。日勝夫人の言によれば、収録された作品図版は週刊『朝日ジャーナル』の表紙絵であり、日勝が生前「表紙が気に入って買っている」と語ったことから、表紙を切り抜いて残したという。スクラップ・ブックBには36点のカラー印刷の作品図版が貼られており、その証言通り、いずれも『朝日ジャーナル』の表紙を飾った作品であった(注6)。そのうち33点が1963年、64年発刊号であることから、2年ほど同誌を購読していたものとみられる。また、スクラップ・ブックAがいわゆる具象画中心だったのに対し、岡本太郎や吉原治良、菊畑茂久馬ら、前衛美術作家の作品図版が目を惹く。現時点では日勝の本画やデッサンに図様が取り入れられた形跡は確認できないが、「表紙が気に入っている」という発言を踏まえると、日勝の視線は彼らのような当時の最新鋭の前衛美術にも向けられていた、と言えるだろう。他方で、1963年、64年頃の日勝の社会派リアリズムとも言うべき画風と、『朝日ジャーナル』という媒体の性格や当時の若者への影響力を鑑みれば、彼の関心は表紙よりむしろ同誌で報じられる安保闘争や基地問題、労働争議のような政治や社会の動向にあったようにも思われる(注7)。その志向は、スクラップ・ブックAの曺良奎、北川民次、田中阿喜良(注8)のラインナップからも窺えよう。1965年前後に牛馬や農作物を画題とした新たなリアリズムに移行するのとほぼ同時に、『朝日ジャーナル』の購読も途絶えている(注9)。2­3.その他のスクラップ─アトリエに掲示された作品図版スクラップ・ブックに収録された作品図版のほかにも、生前のアトリエの壁にも同様の作品図版が少なくとも15点掲示されていた。作者および作品名の記載があるのは7点に留まるが(注10)、残る作者不詳の絵画のうち3点についても作者および作品名を特定し、以下の知見が得られた。ひとつは海老原喜之助《海浜騎馬群》〔図9〕であるが、本作については、本調査研究開始前に作者名、作品名、北海道内での展覧会歴を特定した。今回それらに加えて、本図版が1969年の地元紙での展覧会紹介記事(注11)を切り抜いたものであろうことが明らかになった。制作年の前後はあるが、本作は日勝の《晴れた日の風景》(1968年)〔図10〕のイメージ形成に関わりを持ったと考えられ、人物と馬という画題や、その幾何学的な造形、太い輪郭線と素早い筆致によって人物や馬を描出する手法― 453 ―― 453 ―

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