④ ヴァロワ朝フランス王シャルル5世由来の携帯用聖遺物容器《リブレット》の素材と銘文に関する一考察研 究 者:東京大学大学院 人文社会系研究科 博士課程 太田泉フロランスフィレンツェ大聖堂博物館に所蔵される《リブレット》〔図1〕(注1)と呼ばれる金細工作品は、ヴァロワ朝フランス王シャルル5世(在位1364年-1380年)の命によって制作され、王の兄弟の内、最年長のアンジュー公ルイ(1339年-1384年)に贈られた。その様式と素材の高価さ、審美性と歴史的価値からパリで制作されたと推測される本作品は、その中央に宮廷礼拝堂であるサント・シャペルに安置されていた一連のキリスト受難の聖遺物の欠片を収め、両側6枚の翼部に72点の諸聖人の聖遺物を収めたポリプティック型の聖遺物容器である。開かれた状態で24.4×14.0cm閉じられた状態では6.0×7.5cmという片方の掌に載る程の小さな寸法であり、アルマ・クリスティ図像が表現されているという点から、個人的祈念に用いられ、携帯されることを想定して制作されたものと考えられる。筆者はこれまで、本容器が、主にビザンティンで制作されてきたスタウロテクと呼ばれる聖十字架の聖遺物を収めた容器の中でもパネル型をとるものが、贈与や売買、十字軍の略奪等で西欧に流入して以降、その影響を受けて西欧で制作された容器の発展形であると位置づけ、その機能や意義について論じてきた(注2)。しかしながら、本作の素材や制作に使用された技術については詳らかにされないままであり、更なる調査が必要と思われた。予てより行っていた交渉の結果、フィレンツェ国立修復研究所の修復担当者をはじめとする修復研究者の方々と、研究交流や情報交換を行うことが可能となり、また画像の提供を受けられることとなった。具体的にはまず同研究所で《リブレット》の修復を担当したJennifer Di Fina氏、金細工作品を専門に修復活動を行っている柳下眞理氏、科学分析担当のAndrea Cagnini博士への聞き取り調査、情報交換を行った。次いでフィレンツェ大聖堂博物館にて休館日に修復作業用の特別な照明と拡大鏡を使用した実見調査を行い、学芸課長Rita Filardi氏とのディスカッションの後、画像の提供を受けることができた。フィレンツェ大司教区のAressandro Bicchi氏からも貴重なご意見を頂戴した。《リブレット》の素材は、これまで躯体の金、聖遺物容器を閉じた際の表裏面に施されているエマイユおよびニエロ象嵌、中央パネルを覆うクリスタル、そして両翼のカヴァーとなる雲母、中央パネル上部に蝶番で留められた金板の両面に貼り付けられたミニアチュール絵画の羊皮紙、中央パネルの両サイドに飾られた真珠およびバラス― 472 ―― 472 ―
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