ルビーとされてきた。Di Finaおよび柳下両氏から提供された情報によると、中央および両翼パネルの聖遺物の下に敷かれている赤い布は絹製と考えられ、その布の上部に聖遺物、翼部ではさらに聖遺物の内容が記された銘文のエティケット(聖遺物の身元を記した羊皮紙)が糊付けされている。糊の種類については、化学的な調査が行われなかったために断言することは出来ないが、その透明度や質感に照らすと牛の骨や筋から取り出したケラチン質によって作られたものと想定される。これは同時期によく使用された兎の皮を原料とした糊よりも、透明度および重量の点で劣るが、より強固な接着が望めるものである。閉じた状態での《リブレット》の表面には、フランス王家の紋章である百合の花がダイヤ型に区切られた黒に近い濃紺の背景上に連続する形であしらわれている〔図2〕。また背面には、シャルル5世が自らの手で聖遺物をサント・シャペルから取り分け、この聖遺物容器をアンジュー公ルイに贈ったことを記し、そして中央パネルに収められている聖遺物の内容を列挙した銘文がニエロ象嵌の様な素材で明記されている〔図3〕。Cagnini氏によると、従来エマイユとニエロ象嵌と考えられていたこれらの装飾は、天然の樹脂によるものである可能性があるという。作品保全の観点から、修復の際には当該部分の非常に少ない分量のみが採取されたため、樹脂であることを断言することはできず、天然のものと考えられるこの素材が何であるのかを言明することは出来ない。天然樹脂を使用した模造エマイユや模造ニエロを伴う作品は、時代が下って1500年代に特にドイツで多く制作された(注3)。《リブレット》にもこの模造エマイユが使用されているとすれば、その非常に早い作例となる。模造エマイユは従来のエマイユ細工やニエロ象嵌よりも安価であり、最上級の素材を使って制作された《リブレット》に使用されたとするにはやや違和感がある。しかしガラス製であるがために割れやすいエマイユと比較すると、経年変化に弱く湿度や日光等の影響を受けやすいという難点はあるものの、衝撃に強いという利点により採用されたものとも考えられる。また今まで公刊されてこなかった《リブレット》の内部の構造についても、新たな情報を得ることが出来た。中央パネルでは、背面側から金板、絹製の布、聖遺物断片、その下の聖遺物に対応する形態で受難具の図像がくり抜かれた金板、そして最後にクリスタル板の順に並んでおり、両翼パネルでは同じく金板、絹製の布、聖遺物断片が並ぶが、雲母板が先に置かれ、その上に建築アーチモティーフを残してくり抜かれた金板の順となる。また中央パネルの両サイドには左右それぞれ4つの真珠と3つのバラスルビーが嵌― 473 ―― 473 ―
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