鹿島美術研究 年報第38号別冊(2021)
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め込まれており、博物館での実見調査では容器の躯体に直接取り付けられているように目視された。しかしながら実際には、まず蓋の無い箱状の長方体が制作され、そこに宝石が固定され、それが《リブレット》本体に嵌め込まれている。真珠に関しては横方向から一本の棒で箱ごと貫いて固定される。バラスルビーについては箱の底面から4本の爪を生やして固定する。興味深いことに、金板の真珠の下の部分にのみ褐色の塗料が塗られている。その消耗の程度や中心部と辺縁の濃淡差からみても、褪色が進んでいると考えるのが妥当な状態で、《リブレット》が制作された当時はおそらくかなり濃い色彩であったと見て良い。一方のバラスルビーの下の金板は無垢のままであり、修復用のLEDライトで光を当てると金板による反射光が透明度の高いバラスルビーを通過するときに屈折し眩く煌めく。真珠の下部の塗装はその白さを強調し、隣接するバラスルビー部分の金と薄い薔薇色の光の輝きとのコントラストを際立たせるために意図されたものであろう。このように制作された宝石の箱がそのまま中央パネルの両脇に嵌め込まれている。以上がこの度の調査で得られた素材および聖遺物容器の構成に関する未公刊の情報である。聖遺物およびエティケットの貼り付けに強固な糊が使用されたこと、そしてエマイユ・ニエロ象嵌の代わりに天然の樹脂が使用された可能性があることは、いずれも衝撃によるダメージや破損などを防ぐためのものと考えられ、この容器が携帯される用途を前提として制作されたとする筆者の仮定を補強するものである。一方でこの仮説に照らすと両翼パネルにおける雲母の使用は、雲母がクリスタルと比較した場合衝撃に弱いという事実からすると一見矛盾するように思われる。しかしながら、比較的分厚く削り出して研磨しなくてはならないクリスタルと比べると、雲母は容易に薄く剥離可能であり、その薄さの割には強度も高い。何よりクリスタルは比重が高いため重量が大きくまた薄さを追求できない故に、容器のポータビリティを損なう可能性もある。また両翼パネルは蝶番で互いに繋がれ、容器を閉める際には三重に折り曲がる構成を取るが、クリスタル板を使用してしまうと現在の容器のこの薄さは実現不可能である。よってこの素材の選択も先述同様にやはり携帯性の向上という機能面での要請によるものと考えられる。同時期の金細工作品においてあまり使用例の見られない雲母だが、湿度や温度の変化に対する耐久性も強く、クリスタル同様にミネラルであるため経年変化もない。透明度も高く剥がれやすく薄いこの素材はコンパクトで軽量であるべき携帯用聖遺物容器に非常に適していたのであろう。中央パネルと両翼において、金板とカヴァーの順序が異なるという構成上の工夫については、クリスタルと雲母という素材の強度の差に依拠するところが大きいと思わ― 474 ―― 474 ―

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