⑦ フィレンツェ1400年代後半における異種素材を組み合わせた祭壇装飾に関する研究研 究 者:京都大学大学院 非常勤講師 江 尻 育 世1.はじめにフィレンツェの画家サンドロ・ボッティチェッリ(1444/45年頃-1510年)は、1470年代前半、同市の重要な教会の一つであるサンタ・マリア・ノヴェッラ教会のラーマ家礼拝堂のために、《三王礼拝》を主題とする板絵を制作した。一般に《ラーマ家祭壇画》〔図2〕と呼ばれるこの祭壇画は、上部に、同じくボッティチェッリの手になるフレスコ画の《キリストの降誕》のルネッタ〔図1〕を冠していたと推測されるが(注1)、その具体的な祭壇構造については情報が少なく、未だ明らかにされていない。ラーマ家の祭壇装飾の構造の大きな特徴の一つは、祭壇画としては小振りのサイズ(111×134cm)である板絵の上部に、それより相対的に大きいルネッタ(119×237cm)が位置していたこと、そして、板の支持体にテンペラで描かれた祭壇画と、壁面に直接描かれたフレスコ画のルネッタという異種素材が組み合わされていたことである。本研究は、こうした特徴に着目し、1400年代後半のフィレンツェおよびその近郊におけるこのようなフレスコ画のルネッタと板絵の祭壇画という異種素材を組み合わせた祭壇構造の類型について調べ、ラーマ家礼拝堂の祭壇装飾について新たな見解を提示することを目指すものである。2.祭壇画と相対的に大きいルネッタからなる祭壇構造ロールマンは祭壇画に対するルネッタの相対的な大きさに着目し、ドメニコ・ギルランダイオに帰属されるフレスコ画の例を二つ提示している。一つは、フィレンツェからそれほど遠くない集落サン・ドンニーノにあるサンタンドレア教会(旧称サンタンドレア・ア・ブロッツィ教会)の身廊左側の壁に描かれた、画家の現存する最も早M. ロールマンは、1400年代のフィレンツェにおいて、ルネッタを冠する祭壇画から成る祭壇装飾で、ルネッタの両端が祭壇画の幅よりも1.5倍ほど長い祭壇構造はあり得たのか、また、絵画の上部に浮彫のルネッタという異種素材の組み合わせはあり得たのか、という問題を提起し、そのような祭壇構造を示唆するいくつかの事例を挙げている(注2)。このロールマンの示した事例は、同じく相対的に大きなルネッタと小振りの祭壇画から成るラーマ家礼拝堂の祭壇画装飾を考える上で、非常に参考になる。以下に、彼の挙げた事例の中から、相対的に大きなフレスコ画のルネッタを冠する祭壇画の例を取り上げて、その祭壇構造を分析したい。― 502 ―― 502 ―
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