鹿島美術研究 年報第38号別冊(2021)
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ことではなかったといえるのかもしれない。4.結びにかえて以上、1400年代後半のフィレンツェにおいて、フレスコ画のルネッタと板絵の四角形の祭壇画からなる祭壇構造の場合、祭壇画の額には、付け柱、柱頭、そして重厚なエンタブラチュアといった建築的要素を有する、当時大いに流行していた古代風の額が採用される事例が多いこと、また、その結果、祭壇画の横幅の長さに比べて相対的にルネッタの横幅が長くなることを示した。《ラーマ家祭壇画》も、おそらくこうした例に習い、古代風の額に収められていた可能性が高いのではないかと推測される。祭壇画の左右のスペースにはなんらかの装飾が施されていたと考えられるが、現在のところ確かな情報はなく、想像の域を出ない。ルネッタに表された《降誕》〔図1〕の登場人物たちは荒れた石積みの小屋が建つ地面に腰を下ろしており、構図としては完結しているように見える。したがって、フィリッピーノ・リッピのカラファ礼拝堂〔図7〕のようにルネッタ部分と祭壇画の両側の空間には連続した蒼穹が広がっているというような設定ではなく、ギルランダイオのサンタンドレア教会〔図3〕や、オーニッサンティ教会〔図6〕の祭壇装飾のように、ルネッタ部分と祭壇画の二段構成になっていた可能性が示唆される。他方、ラーマ家礼拝堂の祭壇装飾の特徴として、一点特筆しておくべきことは、ルネッタの《降誕》〔図1〕と祭壇画の《三王礼拝》〔図2〕の間で、人物像のスケールが大きく異なるという点である。これまで見てきた作例においては、サンタンドレア教会の祭壇装飾を除いて、祭壇画とその周囲のフレスコ画の人物像の大きさはそれほど大きく異ならない。祭壇画とその背景のフレスコ画装飾が同一の画家とその工房に注文された場合、支持体は違えども、描かれる人物像の大きさにはあまり大きな差異がない場合が多い。ラーマ家礼拝堂の場合、なぜルネッタと祭壇画の人物像の大きさがこれほど異なるのだろうか。その主たる要因は、おそらく祭壇画の主題と、礼拝堂の大きさにあると考えられる。ラーマ家礼拝堂は、「我らが主イエス・キリストの降誕の日の三王」に捧げられており(注15)、礼拝堂を創設したガスパッレ・デル・ラーマは、三王の一人と同名である。当時、フィレンツェでは、随行を引き連れて華々しく幼子イエスに謁見する「三王礼拝」の図像が好まれていた。しかし、ラーマ家に割り当てられた礼拝堂の場所は、サンタ・マリア・ノヴェッラ教会正面玄関の裏側の壁の、中央扉と向かって左側の扉の間の狭いスペースだった。そのため、祭壇画は小振りになり、そこへ大勢の人々を登場させたので、画中の人物像の大きさを小さくせ― 506 ―― 506 ―

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