鹿島美術研究 年報第38号別冊(2021)
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える雰囲気も大きく異なっているといえるだろう。それは濃密な典信画と比べ、よりさっぱりとした和の要素の強い表現へと栄之が描き変えているからであるとおもわれる。続いて、男性像については、典信による《花見・紅葉狩図屏風》(八曲一双、仙台市博物館蔵)〔図5〕と、栄之による白描画巻《艶色品定女》(文化~文政年間頃、ボストン美術館蔵)や《源氏物語春画巻》(巻子本、浦上満氏蔵)〔図6〕(注4)の比較が分かりやすい。両図にも、烏帽子姿の男性像がみえ、衣服の描き方も非常に似通っていることが確認できる。さきに挙げた《鍾馗騎虎図》や《大黒図》などの和漢の伝統画題では迫力ある大きな眼が特徴的であるが、典信の手になる公家の男性像はいずれも表情が柔和であり、瞳もつぶらにあらわされている。さらに細部に注目すると、典信筆《花見・紅葉狩図屏風》は大きな屏風に景観を描き人物を配する構成であるためか、人物の指先までは描き出されていないことがわかる。また《色紙団扇貼交屏風》(二曲一双、徳島市立徳島城博物館蔵)〔図7〕の一図にも公家様の男性像が描かれるが、こちらも同様に指先までは描き込まれていないことがみてとれる。しかし典信筆《大黒図》(板橋区立美術館蔵)〔図8〕では、指先の形状および爪のかたち、関節を曲げる際にできる皺までも克明に描きだされており、栄之の略筆画では爪が描かれていない作品も数点確認される以外、これは栄之の美人図のほとんどに確認される描き方であるといえる。栄之が人物、とくに美人の指先までも描きだすことに注視していたことは、注目に値する。つぎに、典信と栄之の描いた人物像のなかで共通するものには、さきに挙げた大黒図がある。典信筆《大黒図》(板橋区立美術館蔵)と栄之筆《三福神図》(個人蔵)〔図9〕がその好例であり、両者を比較すると、多くの共通点をみいだすことができる。たとえば、大黒は、耳の幅─とくに耳たぶが大きく描かれ、団子鼻で、口を大きく開けて笑っているが、いずれも同様に描かれていることが確認できる。ただし栄之画では珍しく指が細かく描かれていないことは留意しておきたい。続いて、寿老人についてみたい。栄之の手になる寿老人は、《寿老人と遊女》(所蔵先不明)のみ確認でき、本図はブラント氏によるカタログ・レゾネにモノクロ図版が掲載されている(注5)。細部については判然としないが、典信筆《寿老人図》(個人蔵)2点と比較すると、表情がまったく異なっていることがわかる(注6)。しかしそれ以外の図様─耳のかたち、眼の周りの皺の描写などは、よく似ていることがみて取れる。判然としないがおそらく爪の形状なども同様ではないかと想像される。なお、栄之が多く描いた福禄寿については、報告者は、残念ながら典信の手になる― 534 ―― 534 ―

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