鹿島美術研究 年報第38号別冊(2021)
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雅集図は強い近似性を示しており、靄厓と夙夜がそれぞれ、図像系統上きわめて近い先行作例を参照したことが推察される。ただ、一般に知られる夙夜の作品には池大雅の画風に倣うものが多く、本図のような精緻な著色画は従来の画家像と幾分距離があることも事実である。他の夙夜画との比較については稿を改めたいが、この一般的に理解される画風とのずれはどう解釈すべきだろうか。これに対しては、夙夜がしばしば中国絵画の精巧な模写を行っていた点を挙げておきたい。同名の伊孚九画を写した「離合山水図」(三重県総合博物館蔵)はその代表例で、筆致の再現にくわえ、描き印まで写し取っている(注8)。あるいは「楼閣山水図」〔図9〕(個人蔵)も関連作品として重要である。「西園雅楽図」同様、鮮やかな金碧青緑山水の技法が用いられており、夙夜がいわゆる南宗画以外の中国絵画をも写していた証左として注目できるだろう。また、こうした著色の精緻な作品の存在は文献からも裏付けられる。田能村竹田は『山中人饒舌』にて、夙夜による著色の果蔬図を「濃厚絢麗にして、深く古法を得」たものと評し、円山派の写生を基調とした画風と区別して評価する(注9)。画題の違いや修辞的な側面を考慮する必要はあるが、少なくとも夙夜の画風が大雅風一辺倒でないと認識されていた点は強調しておきたい(注10)。これらの事象は傍証に過ぎないが、得意とした大雅風と全く異なる画風を示すことは、かえって、原本を丹念に写し取った結果とも解釈できるのではないだろうか。細部に目を向けると、人物の輪郭線がやや直線的であったり、衣紋線が放射状に広がり形式化していたりと、硬直化とも取れる表現が目につく点も傍証に数えられる。くわえて、夙夜本にみられる特徴的な表現のいくつかが、靄厓をはじめ、夙夜と師弟関係にない後代の画家による同主題作品にも見出せる点は、夙夜本よりも先立つ作品の存在をいっそう意識させる。以下に、靄厓本以外の類似作品について時系列順に示していきたい(注11)。三、類似作品群についてまず、夙夜本の成立からさほど隔たらない時期の筆と考えられるのが、天明年間頃の尾張で活動した巣見東苑(生没年不詳)の「西園雅集図」〔図10〕(名古屋市博物館蔵)である(注12)。筆致こそ簡略だが、一見して夙夜本の左右を切り詰めた状態に近い構図と知られ、個々の人物描写についても、位置関係を含め大半が一致する。ここで注目すべき点は、「図記」に記述のない人物や、持物に関しても表現が合致する点である。すなわち、この二作品間における表現の一致が「図記」に依存するのでは― 545 ―― 545 ―

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