ポロックの全画業を扱った日本における本格的なポロック研究としては、1979年に藤枝晃雄氏が美術出版社から出版した『ジャクソン・ポロック』がある(改訂版:スカイドア、1994年/新版:東信堂、2007年)。これは、藤枝氏の鋭いフォーマリズム批評の力がいかんなく発揮された─それゆえに、その方向では他者にはいまだ乗り越えがたい─偉大なポロック研究であり、私も自分のポロック研究において大変に参考にさせていただいてきている先行研究である。ただ、ポロックの芸術の中で、藤枝氏の価値判断によって切り捨てられてしまった─しかし、私には注目すべきと思われる─部分もある。また、藤枝氏のポロック研究では特に、フォーマリズムの立場から、ポロックの人生面がほとんど重視されていない。ここで私に強く訴え掛けてくるポロック自身の言葉がある。それは、「生きることと制作することはひとつ」(注2)である。このようなことを言った芸術家は、他にもたくさんいるだろう。しかしながら、ポロックがなした比類のない芸術上の達成と、そしてその彼が生きた困難や苦悩に満ちた複雑な人生について考える時、その言葉は特別な意味を持っているように思われるし、格別な重みを持って心に響いてくる。こうして私は、そのポロックの言葉を本研究の原点として、「その芸術と人生」というテーマでポロック研究に取り組むことにした。「その芸術と人生」というテーマそのものは、非常にオーソドックスなものである。また、ポロックの芸術を彼の人生の反映と安易に見なすべきではないということも、十分に意識している。本研究が単なる評伝や長文の概説というレベルに終わってしまわずに、いかにして学術的な深みと独自性を出すことができるかが問題であるが、これについては、私自身がここ二十年ほどの間になしてきたポロック研究の成果を組み込みつつ、対処していきたいと思っている。そうして、藤枝氏の『ジャクソン・ポロック』の次なる我が国における基本的なポロック研究書となりうるものを書き上げることができればと思っている。序論では、まずポロックの代表的な仕事である1947~1950年のオールオーヴァーのポード絵画に焦点を当て、その仕事の基本的な重要性を説明したり、関連エピソードを示すことで、読者に対する本研究への導入を行った。特に、ポロックのオールオーヴァーのポード絵画における「ドローイング」と「ペインティング」の独特な関係性や、そこで実現された新しい空間構造について、ウィリアム・ルービン、バーニス・ローズ、マイケル・フリードなどの研究を参照しながら説明した(注3)。また、その前後において、「ライフのモダンアート討論会」(『ライフ』誌1948年10月11日号)、― 572 ―― 572 ―
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