⑧近代日本画史における基底材としての和紙の研究─今村紫紅の作品を中心に─(1)制作背景研 究 者:福井県立美術館 学芸員名古屋大学大学院 人文学研究科 博士課程後期課程 原 田 礼 帆はじめに今村紫紅筆「近江八景」、「熱国之巻」(いずれも重要文化財、東京国立博物館蔵)は画壇に新風を吹き込んだ近代日本画史の代表作として位置づけられている(注1)。ともに風景を主題としており、鮮やかな色彩と大胆な構図、造形性を重視した表現など共通点が多く、「熱国之巻」は「近江八景」をさらに発展させる目的で制作されたと言える。とりわけ「色彩点描」と呼ばれる画法は、この時期の紫紅作品を特徴づけるものであり、古画の技法や画材の使用方法の研究によって得られた独自の表現技法である。大正元年(1912)の第六回文展において二等賞三席を受賞した「近江八景」は制作時に残されたメモと当時の記録から「福井の別漉」という和紙の中でも厚手の奉書紙を基底材に用いたと考えられる。執筆者はこの基底材の選択が「色彩点描」に代表される表現技法の獲得の重要な一因となった点を発表にて指摘した(注2)。本稿では「近江八景」の三年後に制作された「熱国之巻」〔図1-1〕が同じく基底材に紙を選択している点に着目し、本図における画材の性質を生かした表現技法を明らかにすることで日本画における和紙の効果を考察する。和紙と日本画との関係はこれまで横山大観らとの交流で知られる越前の製紙家・岩野平三郎の功績を通して語られてきた(注3)。しかし、紫紅による上記二作品は岩野氏が画紙開発に着手する以前の作である(注4)。そこで紫紅が二作品を制作した当時の福井での紙漉の状況について調査結果を示し、近代日本画における表現技法の変化と画紙との関係を知る手掛かりとしたい。1、「熱国之巻」制作背景と先行研究「熱国之巻」は大正3年(1914)再興日本美術院第一回展覧会に出品された。岡倉覚三(天心)一周忌に開催された本展は日本美術院が文展と決裂し、独自路線を歩み始める最初の展覧会であり、紫紅は若手画家の代表として同人の立場での参画を果たした。東南アジア、インドの風景・風俗を主題とした他に類例の無い画題(注5)へ― 80 ―― 80 ―
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