鹿島美術研究 年報第38号別冊(2021)
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(1)点描技法之巻」(注23)の二巻からなる。「朝之巻」は水上生活の描写から始まり、小舟の浮かぶ海の先に東南アジア独特の高床式住居が現れ、南国へと誘われていく。画面上部に濃く金砂子の雲がたなびく中、椰子の群生する陸地に入ると、諧調的な林の中を白牛の引く荷車や、籠を頭の上に乗せた人々が歩を進めている。画面の先では、椰子の実を拾い集める男たちがいて、朝から昼へ、収穫労働の様子が描かれる。画面上部の金砂子は次第に薄くなり、並列する椰子の林に遠近感をつけている。林を抜けると数件の家を通り、海を臨む岸辺へと出て、数名が見送る中で一人の男性が出港準備をしている。この辺りから、金砂子の雲は画面のやや中央部に降りてきて、細く濃い金の帯のように蒔かれる。更に視線を進めると、二人乗りの小さな船や帆掛け船が描かれ、海にかかる虹が現れる。本図の虹は五色で構成されており、雲母を含んだような照りのある質感が特徴的である。島が点在する海域を抜けて金砂子が次第に濃くなっていき「朝之巻」は終わりを迎える。次に「暮之巻」は陸地から始まり、無人のまま稲が群生した畑が続いていく。流れの早い川を渡り、南国風の鳥に導かれ、背後に赤土の山がそびえる街へと入る。白壁に赤レンガが特徴の家々の奥には寺院があり、画面の中央に菩提樹の木が鎮座する宗教の根付いた街の風情を描く。賑わう市街には屋台が立ち並び、人を乗せた象や僧侶、白い服を着た高位の人物などが行き交う。街を抜けると、絵巻は静かな世界へと入っていく。「暮之巻」では「朝之巻」と異なり、金砂子が雲ではなく砂を含んだ大気を表すように全体的に蒔かれている。金砂子は終わりに向けて次第に濃くなり、画面全体が熱い大気に包まれる中、二人の人物が象に乗って進行方向からやってくる。その先には輝く落日が大きく描かれ、陽光と大気、大地が混ざり合い約二十メートルにも及ぶ大作「熱国之巻」を締めくくる。全体を通して濃彩を用い、同じ形のモチーフを繰り返し描くことで連続性とリズム感を強調した本図は語るべき点が多いが、次章で特異的な点描技法を取り上げ、造形を考察する一助としたい。3、「熱国之巻」の造形的特質先行研究でも繰り返し指摘されてきた「色彩点描」について、大地の部分に着目すると「朝之巻」では黄色から橙色〔図1-2〕、「暮之巻」では濃橙色から黄色、そして黄土色を用いて大地を埋めつくす点描が施され〔図1-3〕、絵巻の最後に大地と陽光が一体化する構成を取る〔図1-4〕。この点描は一見すると絵具を厚塗りで使用し― 83 ―― 83 ―

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