鹿島美術研究様 年報第39号別冊(2022)
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⑩ 描かれた「アトリエ船」をめぐる研究─クロード・モネ《橋から見たアルジャントゥイユの泊地》を中心に─研 究 者:三重県立美術館 学芸員  鈴 村 麻里子はじめに三重県立美術館が2003年度に収蔵したクロード・モネ(1840-1926)の油彩画《橋から見たアルジャントゥイユの泊地》〔図1〕(1874年)には、橋の上から見下ろしたセーヌ川の泊地が描かれている。画面右下のボート小屋と河岸を結ぶタラップの脇には、画家の「アトリエ船」(アトリエ小屋を設えた船、以下「」は省略)が停泊する。三重県立美術館では、本作品にかかる基礎資料の収集を進めてきたが、アトリエ船というモチーフはこれまでほとんど注目を集めておらず、関連作品との比較考察も十分になされていなかった。さらに、本作はモネのカタログ・レゾネ発行後に三重県立美術館に収蔵されたために、所蔵館名を含む情報がいまだ国際的に認知されていない(注1)。モネのアルジャントゥイユ居住期間(1871-1878)の画業については、社会史的視点を交え、膨大な同時代資料を調査したポール・ヘイズ・タッカーの『アルジャントゥイユのモネ』(1982年)、同じくタッカーが監修を務めた展覧会「アルジャントゥイユの印象派」展(2000年、ワシントン、ナショナル・ギャラリー他)の図録が、今日においてなお最も参照される基本文献であると言える(注2)。1980年代以降の文献には、アルジャントゥイユ期のモネの作風の変化が、工業化の進むアルジャントゥイユに対する画家の関心の低下に呼応するというタッカーの論が概ね引き継がれている。本稿は、モネがアルジャントゥイユ時代にアトリエ船を描いた他の作品との比較を通して、三重の作例の生成過程を明らかにし、アトリエ船というモチーフの意味を再検討することを目的とする。そのために、まず当時のアルジャントゥイユの社会状況や、モネが同地に移住しアトリエ船を入手した経緯を概観する。続いて、画家がアトリエ船を描いた作例を表や地図を用いながら整理し、最後に三重の作例と関連作品の比較検討を行うこととする。1.モネとアルジャントゥイユアルジャントゥイユはパリの北西に位置するセーヌ川沿いの街である。1851年には鉄道が開通し、パリのサン=ラザール駅から短時間でアクセスすることが可能になっ― 100 ―― 100 ―

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