る。画面左上には日没間近の太陽が描かれ、川面に映る陽光が明滅する。黄昏時の情景であるがゆえに、用いられている色数は極めて少ない。帆を広げたヨットに挟まれるようにして、北岸には邸宅シャトー・ミシュレのシルエットが粗い筆致で捉えられている(注21)。南岸の木々の間から見える小屋も、モネ作品に頻繁に登場するモチーフである。右下のボート小屋と岸辺を結ぶタラップの脇には、ひときわ高さのある船室を持つモネのアトリエ船が停泊している。タラップには泊地を眺める2人の人物の姿も認められる。〔表1〕に挙げた9点の作例のうち、三重の作例と最も似た構図を持つ作品が、シドニー・アンド・ロイス・エスケナジ美術館(インディアナ大学付属美術館)の所蔵する《アルジャントゥイユの泊地》〔図7〕である。三重の作例と同様、同作も道路橋の南端から下流を捉えているが、三重の作例よりさらに南方を向いた構図であることが分かる。また、日が高い時間帯の風景であるため色数も多く、画面左手の岸辺は緑に覆われている。泊地に面した遊歩道やタラップのたもとには人影も見える。北岸のシャトー・ミシュレ、南岸のオレンジ色の屋根の小屋も、三重の作例と同様に描き込まれ、北岸の煙突からは細い煙がたなびいている。船の配置も、三重の作例と概ね一致する。この2作品共通の準備素描が、現在パリのマルモッタン美術館が所蔵するスケッチブックに収められている〔図12〕(注22)。興味深いのは、スケッチの左3分の2辺りが「枠取り」されている点である。三重の作例が習作の周囲をわずかに切り取ったような構図であるのに対し、枠取られた部分はインディアナの作例の構図にほぼ一致する。これらの比較を通して、同一のスケッチから部分を「切り取る」ことで異なる二つの完成作を生み出すという画家の制作プロセスが窺い知れる。なお、今回の調査では赤外線撮影により、三重の作例にはタラップや小屋、ヨット等のモチーフの輪郭が大まかに下描きされてから、油絵具による彩色が施されていることも判明した。パリの習作は極めてラフなスケッチではあるが、ボート小屋やシャトー・ミシュレ、オレンジ屋根の小屋、岸辺の形態は的確に捉えられ、完成作にそのまま引き継がれている。一方で、三重とインディアナの完成作の制作にあたっては、モチーフの削除や追加も行われている。例えば、完成作には停泊・航行する船が数多く加えられ、その配置も不自然でない程度に整えられている。また、習作の画面右手の煙を吐く蒸気船は、完成作には描かれていない。そして、タラップの脇には、習作には見られなかったアトリエ船が描き加えられている。オッテルローやメリオンの作例が、忠実に再現された他の風景表現と一線を画すこ― 104 ―― 104 ―
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