鹿島美術研究様 年報第39号別冊(2022)
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注⑴ モネのカタログ・レゾネは、これまで二度にわたり発行されている。 とは前項で示したが、タッカーは、小さくアトリエ船が描き込まれたワシントンの作例〔図6〕についても、アトリエ船が画家自身を暗示しており、船を取り巻く景観は意識的に秩序立てられていると指摘している(注23)。さらに、三重の作例を赤外線カメラで観察すれば、停泊するアトリエ船の船内には人影のような筆跡も認められる〔図13〕。アトリエ船が画家自身に極めて近い意味を持つモチーフであると考えれば、アトリエ船(や船内の画家)が描かれた作例は広義の自画像とも言え、制作過程におけるアトリエ船の追加は、作品に特別な意味を付与するものであったと考えられる。5.おわりにここまで、関連作品との比較を通して、三重の作例の生成過程の解明およびアトリエ船というモチーフの再定義を試みてきた。アトリエ船が描かれた作例では、作家による景観モチーフの再構成が、いっそう意識的に行われている可能性も指摘できる。三重の作品が描かれた1874年は、アルジャントゥイユ時代のモネの画業の転換期にあたり、この頃を境に、モチーフや構図の選択には大きな変化が見られるようになる。多くの船が集う泊地に身を置くことを厭わない一方、画家は周囲の環境を理想化するために、煙を上げて航行する蒸気船を消去したとも考えられるのではないか。蒸気船は戦後復興期、すなわち1872-1873年にモネが描いたアルジャントゥイユの風景画には登場するが、土地の工業化が進むにつれ、しだいに画中から姿を消し始めるモチーフでもある。そのように考えれば、三重の作例に素早い筆致で描かれた景観もオッテルローやメリオンの作例に劣らず周到に「作られた」風景であると言える。画家の嗜好が強く表れているからこそ、以降のモネの選択を予見する重要な作例と結論づけられる。付記調査にあたっては、シドニー・アンド・ロイス・エスケナジ美術館学芸員のガリーナ・オルムステッド氏、サイトウミュージアム学藝員の田中善明氏をはじめ、多くの方のご指導・ご協力を賜りました。ここに記して深く感謝申し上げます。Daniel Wildenstein, ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■, 5 vols, Lauzanne and Paris: La Bibliothèque des arts, 1974-1991.(以下、Wildenstein 1974-1991)― 105 ―― 105 ―

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