鹿島美術研究様 年報第39号別冊(2022)
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第1章 伝説の美少年「稚児観音」〔図1〕や「制多迦童子」など少年の姿で描かれた神仏図や、牛若丸、平敦盛といった軍記物に登場する少年を描いた近代日本画、名古屋山三郎などの美少年役を演じた役者の錦絵を展示した。稚児が女人禁制の寺院において成人男性(僧侶)の愛玩の対象であったことを考えると、美しい少年を描いた絵は「美人画」の一種だととらえられる。そこに神仏、あるいは崇高な物語を背負った少年戦士のイメージが投影されると卑属な印象が消えるため、例えば院展の日本画のような品格が求められる場にも受け入れられる主題となった。なお、少年の未熟さを好む日本文化の特質については、大衆文化研究の領域で考察がある(注2)。第2章 愛しい男神仏や英雄ではない、性愛の対象として描かれた江戸時代の若衆像や、愛らしい近代の少年像、「耽美」と称される現代の美少年、美青年像を紹介した。近世初期の風俗画には、遊女と同じように遊興の場に花を添える若衆の姿がしばしば描かれた〔図2〕。客と若衆がくつろぐ場面や若衆の単身像など人物をクローズアップした作例を、懐月堂派や宮川派といった遊女図を得意とした絵師たちが描いた〔図3〕ことからも、若衆像は美人画と同じように制作、受容されたと考えられる。高畠華宵による少年雑誌『日本少年』の表紙〔図4〕には、スポーツにいそしむ少年や、小さな兵隊としての少年が描かれた。その姿は、男らしさの規範を示す一方で、中性的な美貌で多くの読者を魅了する美人画としても作用した(注3)。この章で取り上げた作品には、遊里の客という副次的な存在として以外に、成人男性がほぼ描かれていない。展覧会準備のため「美男」を探して多くの絵画や彫刻を縦覧したが、特に20世紀の美術については、1970年代以降のポップカルチャーやエロティックアートの領域をのぞけば、性的魅力のある成人男性を主題とした作例は見つからなかった。近代の男性像の多くは歴史画や肖像画などの「名のある」人物、または自画像など、描かれた人のアイデンティティが前面に出たものである。匿名の男性像では、彫刻に多く見られる肉体美を誇示した雄々しい寓意像、あるいは労働者を描いた風俗画や兵士を描いた戦争画など、「力」が強調されたものが大半だった。これらは「愛しい男」として眺める対象とはなり難いと考え、本展では取り上げなかった。― 132 ―― 132 ―

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